New Dawn Fades
突然、朝の4時に目覚めて、眠れなくなってしまったような時、
そんな薄暗い時間帯に、側で鳴っていて欲しい音楽がある。
まるで世界の果てにひとり取り残されたような気分になった時に、
傍らに寄り添うようにして語りかけてくるようなレコード。
時として、そうしたレコードは、とてもかけがえのないものになる。
このチャプターでは、夜明け前の灰色の時間に、
少し絞った音で部屋で流しておくのに
最適なディスクを中心に選んでみた。
Thee Michelle Gun Elephant
優れたポップ・ミュージックは、思いもかけず、時代の空気を見事に表現しきってしまうことがある。ザ・フーが「アイ・キャント・エクスプレイン」と叫んだ瞬間、あるいは、カート・コバーンが「ハロー、ハウ・ロウ?」と呟いた瞬間がそうだ。ミッシェル・ガン・エレファントにとってのそんな瞬間は、98年の4thアルバム『ギヤ・ブルーズ』の時に訪れた。変化の兆しすらなく、ただまったりと流れていく退屈な毎日。にも関わらず、先行きの見えない不安や焦燥だけは、漠然と、だが確実に強まっていく──そんな、じわじわと真綿で締め付けるような閉塞感こそが、当時の日本を覆っていたムードだとすれば、ミッシェルはそんな時代の空気を見事に射抜いてみせた。トグロを巻くような粘っこいグルーヴ。チリチリと焦がされるような、ざらついたギター。何も変わることのない、終わりなき日常に、ただ「出口がねえ!」と叫び続ける歌詞──アルバム冒頭を飾る“ウェスト・キャバレー・ドライブ”を筆頭に、泥沼に足を搦めとられたようなヘヴィなロックンロールが続く。全編に漂う、倦怠感がべっとりと張りつくようなブルーズのフィーリング。だが、アルバムの最後を締めくくるのは、一瞬にして目の前の視界が開けていくような、どこまでも解放的なポップ・チューン、“ダニー・ゴー”だった。そう、『ギヤ・ブルーズ』には、シリアスな現状認識とともに、それを突き抜けようとするタフな意志までもが込められていた。だからこそ、このアルバムによって、彼らは大きな共感と信頼を手に入れた。まさに時代が生んだ、ミッシェル・ガン・エレファントの最高傑作だ。
だが、その後のミッシェルは、2000年の『カサノバ・スネイク』、2001年の『ロデオ・タンデム・ビート・スペクター』と、ひたすら切迫感ばかりを強めた作品を出し続ける。歌詞も、どこにも行けないことに対する苛立ちをモチーフにしたものがひたすら増えていく。だが、本作──この実質的なラスト・アルバムからは、前二作にあった重苦しいデッド・エンド感は感じられない。相変わらず行き場はないのだけれど、やるべきことはすべてやった者だけが持ちうる、辿り着いた先の荒涼とした風景をもすべて受け入れてしまうほどの、穏やかな諦観が漂う。おそらく、ミッシェルは、最後の作品になることを予感しながら、これを作ったのだろう。ひとつの時代を背負ったバンドの幕切れを飾る、感動的な1枚。
BEST TRACKS
- M1. ブラック・ラブ・ホール
- M2. 太陽をつかんでしまった
- M6. マリアと犬の夜
- M7. ジプシー・サンディー
- M8. マリオン
- M9. サンダーバード・ヒルズ
- M10. Night Is Over
97年の3rdアルバム「チキン・ゾンビーズ」は、バンドが最初のピークに達したことを伝える傑作。“ゲット・アップ・ルーシー”、“バードメン”は、60年代ブリティッシュ・ビートをパンキッシュに加速させた、彼ら得意のスタイルがひとつの完成をみた名曲だ。CDのアートワークは、ブルー・チア一の1stアルバム『アウトサイドインサイド』、アナログ盤のアートワークはザ・フーの傑作コンピ盤『オッズ&ソッズ』からの引用。この頃のミッシェルは、こうした無邪気なオマージュをやるだけの余裕があったし、「あとは飛ぶだけ」と歌うだけのオプティミズムに溢れていた。この時期、本誌編集長は、「あんなもん、ザ・フーのバッタもん」と彼らを軽んじていたが、その後の「ギア・ブルーズ」に打ちのめされ、完全に手のひらを返すことに。
『ギア・ブルーズ』がリリースされた98年は、様々なアーティストが、時代の空気を反映させた作品を発表した年。ファットボーイ・スリムは、その後のダンス・シーンの凋落を予感したかのようなメランコリックなアルバム『ロングウェイ・ベイビー!!』をリリース。コートニー・ラヴ率いるホールは、砂漠の中の人口都市ロサンゼルスへのオマージュで溢れたアルバム『セレブリティ・スキン』をリリースしている。どのアルバムも、幸福な時代に対するレクイエム的な側面を持つという、奇妙な符合がある。でも、確かに98年って、最高だったかも。
2000年にリリースされたベスト・アルバム『TMGE106』は、96年の1stアルバム『カルト・グラス・スターズ』から、2000年の5thアルバム『カサノバ・スネイク』までの音源を収録したベスト盤。『ギア・ブルーズ』期の代表曲である“アウト・ブルーズ”、同じく『ギア・ブルーズ』期を代表する最狂のカウ・パンク・チューン“ジェニー”、7インチのヴァイナルのみのリリースだった“VIBE ON!”といったナンバーは、現在、このCDで手に入れるのが簡単。ミッシェルの入門書としても、最適な一枚だ。
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Four Tet
〈グラストンベリー・フェスティヴァル〉が、ケルトの聖地、つまり異教徒の聖地で開催されていたり、レイヴァー達が皆既日食を求めて世界中を渡り歩く気持ちは、何となくわかる気がする。思い出すのは、幼い頃夏休みの度に友人達と楽しんだ、「古墳巡り」。別に歴史旧跡巡りに興味があったわけではない。その場所自体が放つ神秘的な雰囲気に、子供心に惹かれていたのだ。鬱蒼と繁る木々を分け入って、かつて王族の棺が収められてた石室の中に入り込んだりすると、炎天下の真夏ですらちょっと肌寒く、暫く目を閉じていると、ゾッとするほど特別な瞬間を感じ取ることが出来た。フォー・テットこと、キエラン・ヘブデンが、ラップトップから紡ぎ出す楽曲達は、そんな「世界が今よりも少しだけ不思議な表情を見せていた頃」の記憶を、鮮やかに蘇らせてくれる。3mアルバム『ラウンズ』が誘うのは、妖精や精霊達が暮らす、古のブリティッシュ・トラッドの深い森の中だ。中でも、幾重にも折り重なるハープの透き通った倍音が美しい“マイ・エンジェル・ロックス・バック・アンド・フォース”、水面に静かに拡がるようなビブラフォンとリュートの柔らかなアンビエンス音が素晴らしい“アンド・ゼイ・オール・ルック・ブロークン・ハーテッド”の厳粛な響きには、思わず鳥肌が立つ。99年の1rdアルバム『ダイアローグ』で、フリー・ジャズ本来の持つ「怒り」をエレクトロニック・ミュージックに注入したフォー・テットは、2000年の『ポーズ』では一転、ペンタングルやフェアボート・コンヴェンションといったプリティッシュ・トラッドをエレクトロニカ以降の感性で再解釈し、「フォークトロニカ」の始祖となった。その直接的きっかけは、米国メインストリームのR&B/ヒップホップのプロデューサー達へのライバル意識だ。ティンバランドが、ヒップホップ・トラックに乗せて、ハープやサムピアノといった風変わりな楽器を使用していたことにインスパイアされたキエラン・ヘブデンは、「バート・ヤンシュがクラウト・ロックをやったら?」──そんなユニークな着想の元に、様々な楽器を自身の作品に取り入れた。タブラ、ハープシーコード、ビブラフォン、メロディカ、カズー、スティール・ドラム、バリ島の民族音楽で使用されるパーカッション、ボンゴやコンガー多彩な楽器が、アルバム中で折り重なる。夜明け前、微かな音量で聴けば、その神秘的な響きは、より一層増すに違いない。
BEST TRACKS
M1. Hands
M4. My Angel Rocks Back and Forth
M9. And They All Look Broken Hearted
M10. Slow Jam
ソロ名義のフォー・テットと並行して、キエラン・ヘブデンがフロントを務める別名義のバンド・ユニットが、フリッジ。こちらの名義では、キエランのポストロック/音響系/エクスペリメンタル・ポップス・サイドの作品をリリースしている。ちなみに、過去にバッドリー・ドローン・ボーイのバック・バンドを務めたこともある。フリッジ名義の現時点での最新作は、2001年『ハピネス』。
キエラン・ヘブデンがラップトップで構築するアコースティック・ギターの音色は、まるでバート・ヤンシュの繊細なフィンガー・ピッキングそのものだ。フォー・テットの諸作によって、英国でペンタングルを筆頭とするブリティッシュ・トラッドが再評価されたのとほぼ同じ頃、海を隔てたアメリカでは、シカゴ音響派のジム・オルークのアルバム、『ユリイカ』によって、アメリカーナの再考熱が高まっていた。音響/エレクトロニカのアーティスト達による、自国のルーツ・ミュージック再発見の試みが、英米で同じ時期に行われていたのは、偶然の一致とはいえ、とても興味深いところだ。
『ラウンズ』のアルバム・ジャケット写真に収まっている木製のオブジェは、キエラン・ヘブデン本人が幼少時代に使っていたハンドメイドの玩具だそう。それをモチーフに写真を撮影したのが、ここ数年のレディオヘッドのアーティスト写真の数々でお馴染みの、気鋭のフォトグラファー、ジェイソン・エヴァンス。アルバムの雰囲気がしっかり伝わってくる好アートワークです。ちなみに、本ディスク・ガイドにも収録されているマニトバの2003年作『アップ・イン・フレイムス』のジャケット写真も、同じくジェイソン・エヴァンスによるもの。こちらも、万華鏡を覗き込んだような眩くサイケデリックなジャケット写真を見ているだけで、マニトバのレコードの音が聴こえてくるような気分にさせられるのでは?
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Mogwai
静かな轟音──モグワイの音楽には、そんな一見矛盾した言葉がぴったりだ。淡々としたアルペジオは勿論のこと、ヘヴィ・メタリックなフィードバック・ギターによる圧倒的な音の壁にも、グラスゴーの寒空のような、ピンと張りつめた静けさが漂っている。そんな静寂と轟音が交互に訪れる、モグワイのダーク・ギター・サイケデリアは、97年の1Stアルバム『モクワイ・ヤング・チーム』の時点から完成されていた。その、あまりの完成度の高さから、当時付けられた呼び名は、“恐るべき子供達”。そう、怒りや悲しみといったネガティヴな感情が、初期衝動に満ちたギター・サウンドと手を組んで生まれた、この傑作デビュー・アルバムの衝撃は、今も色褪せない。
そもそも、メロディとノイズで緻密に構成されたモグワイの音楽は、ヴァース、コーラスという伝統的なロック・バンドのフォーマットよりは、ダンス・ミュージックやいわゆるエレクトロニック・ミュージックの成り立ち方に近い。実際、リミクス・アルバム『キッキング・ア・デッド・ピッグ』を、彼らの作品の最高傑作に挙げる人もいるほど、モグワイの音楽とエレクトロニック・ミュージックは相性がいい。そのことを証明したのが、2001年の3rdアルバム『ロック・アクション』だ。それまでのトレードマークだったノイズ・ギターは影を潜め、複雑なビートに、プチプチいうエレクトロニック・ノイズや、バンジョーやストリングスといった生楽器が重層的に絡み合う様は、オウテカなどエレクトロニカのアーティストを連想させ、バンド史上、もっとも意欲的な作品と言えるだろう。そして、四作目にあたる本作は、それまでのキャリアの集大成的アルバムとなった。デビュー当時を彷彿させる轟音ギター・サウンドも、前作からの延長線上にあるエレクトロニクスを用いた曲も、これまでのモグワイが持っていた音楽的要素がすべて詰まっている。ただ、特に目新しさがないことから、古くからモグワイの音楽に親しんできた人にとっては、少々退屈に思うかもしれない。だが、これまでになく、ささくれだった神経を鎮めてくれるようなフィーリングがあるのは、モグワイの作品中、これを置いて他にない。皮肉にも思えるアルバム・タイトルだが、全体に漂うのは、穏やかなサイケデリアだ。それは、眠りに着く前の温かな毛布のように、純粋な幸福感であなたを包み込むに違いない。とても優しい1枚。
BEST TRACKS
- M1. Hunted By a Freak
- M4. Killing All the Flies
- M8. I Know You Are But What Am I?
- M9. Stop Coming to My House
97年の『テン・ラピッド』は、1stアルバム以前、様々なインディ・レーベルからリリースされたシングルを集めたコンピレーション盤。作品としての完成度は決して高いとは言えないが、この時点でサウンドの方向性はある程度定まっていたことがわかる1枚。バンド史上もっとも荒々しいサウンドを聴くことが出来る。
99年の2ndアルバム『カム・オン・ダイ・ヤング』は、ここ日本でもモグワイの名前を知らしめるきっかけとなった出世作。マーキュリー・レヴのデイヴ・フリッドマンのプロデュースによる、緻密なサウンド・テクスチュアが見事。中でも、初期モグワイ・サウンドを象徴する名曲“クリスマス・ステップは白眉の出来。この1曲を聴くためだけにでも、本作を手に入れる価値がある。静かなアルペジオから一転、重戦車のようなギター・デイストーションが炸裂する怒濤の展開は圧巻の一言。
99年にリリースされた『EP+6』は、97年から99年にかけて発表された7枚のEPのうち、3枚をひとつのアルバムにまとめた日本独自編集盤。EPとは言え、収録曲のクオリティは高い。だが、やはり、2ndアルバムとは異なるヴァージョンの“クリスマス・ステップ”の1曲に尽きるだろう。アルバムよりもヘヴィなディスーション・ギターと、穏やかなストリングスの極端な対比が、かなりフリーキー。個人的にはこっちの方が好き。
2001年リリースのEP、「マイ・ファーザー・マイ・キング」は、彼らのメタル暗好が、もっとも表れている。20分を越える表題曲での、ヘヴィ・メタリックなギターが、ブラック・サバスやモーターヘッドを彷彿とさせる。また、日本盤のみ表題曲の他に、ライヴ・テイクを2曲収録。彼らの追力満点のライヴの興奮を真空パックした1枚とも言える。スティーヴ・アルビニのプロデュースによる、緊張感溢れるバンド・サウンドが素晴らしい。
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Massive Attack
かつてイングランドーの貿易港として栄えた、南西部の古都ブリストル。その歴史がゆえに、この街にはジャマイカ系を中心とした移民文化が根付き、音楽は一過性のファッションではなく、常にコミュニティに密着したものであり続けてきた。ブリストルから生まれたマッシヴ・アタックもまた、UKシーンにおける最初期のサウンドシステム/DJ集団=ザ・ワイルド・バンチの元メンバーであるマッシュルームとダディG、そしてグラフィティ・アーティストの3Dという、人種やカルチャーのミックスした3人のグループとして出発する。ヒップホップのリズム、ソウルフルなメロディ、ダブのグルーヴ、そしてサンプリング──そのダークで官能的なミクスチャーは“トリップホップ”と命名され、91年の傑作デビュー・アルバム『ブルー・ラインズ』とともに一世を風靡した。だが、そうした「クラブ・シーンの最先端」的イメージとは裏腹に、重厚で深みのあるストリングスをあしらった、独特の温もりを持ったダウンテンポ・ナンバーの数々こそ、マッシヴ・アタックの真骨頂だった。
しかし、ニューウェイヴ/ロック的な意匠を強め、「中二階の/宙ぶらりの」という意味のタイトルを冠した98年の3rdアルバム『メザニーン』以降、彼らは帰るべき場所を失ったかのような孤独を奏ではじめる。そして、そうした閉塞感がさらに強まったのがIDM/エレクトロニカ的なプロダクションが施され、硬質なビートを持った本作『100thウィンドウ』だ。それはマッシュルームの脱退、ダディGの活動休止を経て、完全に3Dのソロ・ユニットとなったこととも無関係ではないだろう。全体にたちこめる、密室的なフィーリング。生楽器の感触と非西洋音階の使用は、温かさというより、むしろ不穏さを掻き立てる。だが同時に、3Dは、このアルバムで「土地」とは無関係な、新たなコミュニティの形を模索しているようだ。コンピュータの起動時を思わせる電子音が駆け巡るイントロ。ライヴでの、ネットの接続画面を模し、「今、世界で起きていること」が刻々と数字で示されるスクリーン。そう、「100番目の窓」という言葉は、あらゆるプライヴァシーが暴かれる危険が潜む電脳社会への警句であると同時に、「人は決して孤独にはなりきれない、すべては繋がっているのだ」という、逆接的な希望を込めた言葉なのかもしれない。コミュニティ・ミュージックの新たな可能性を提示しようとした、マッシヴ・アタック最大の問題作。
BEST TRACKS
- M1. Future Proof
- M3. Everywhen
- M4. Special Cases
- M6. A Player for England
- M9. Antistar
ブリストルから生まれた音楽は、常に英国のシーンに大きな影響を与えてきた。マッシヴ・アタックの前身、ワイルド・パンチを筆頭に、ダブ/サウンドシステムの重鎮スミス&マイティ、ポストパンク・シーンを牽引したポップ・グループ、あるいはトリッキーやポーティスヘッドといったトリップホップ勢から、ロニ・サイズを筆頭とする、ジャングル/ドラムンベース勢に至るまで、この街が生んだ重要アーテイストは数限りない。
ルーツ・レゲエ・シンガー、ホレス・アンディを迎えた、91年の1st『ブルー・ラインズ』は、ソウルとダブを融合させ、後にトリップホップという一つのジャンルを生んだ不朽の傑作。絶対に手に入れるべき1枚だ。当時、湾岸戦争下ゆえにバンド名が不謹慎とされ、一時「マッシヴ」に改名を余儀なくされるという苦い経験も。
94年の2ndアルバム『プロテクション』は、ワイルド・バンチの盟友、ネリー・フーパーをプロデューサーとして迎え制作され、前作より更にダビー&アブストラクトな質感の、実験色の強いレコードとなった。本作リリース後、マッド・プロフェッサーによるダブ・ミックス・アルバム『ノー・プロテクション』もリリースされている。
98年の3rdアルバム『メザニーン』には、コクトー・ツインズの歌姫、リズ・フレイザーが参加。ニューウェイヴ色を強め、ダーク&ゴシックな質感を持った本作を象徴する、憂いを帯びた見事な歌声を披露している。名曲“ティアドロップ”1曲の為だけに買っても損はないアルバム。
“テロとの戦争”下で作られた4th『100th ウィンドウ』には、明確な反戦の意志が込められている。シネイド・オコナーが参加した“ア・プレイヤー・フォー・イングランド”では、ブッシュとブレアを強烈に批判。ライヴでも、バック・スクリーンに「反戦」の2文字を繰り返し大しにしていた。
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Magnet
幼い頃、鍵のかかる引き出しにこっそり隠しておいた宝物。大切だからこそ、内緒にしておきたい、一人占めにしたくなる──北欧のアーティストが次々にシーンを賑わせた、2003年。その中でももっとも異彩を放っていた、ノルウェーの港町ベルゲン出身の彼、マグネットこと、シンガーソングライター、イヴァン・ヨハンセンによるデビュー・アルバムに、そんな愛しさを感じるリスナーは少なくない。キラキラしたエレクトロニカ、透き通るような歌声とアコースティック楽器の温かな音色が溶け合って、あまりにも美しい情景が浮かび上がる。
だが、摩詞不思議なのはサウンドだけではない。貧血で倒れた時に、「鉄分を引き寄せるように」との医師のアドヴァイスを受けたことから、マグネットと名乗るようになったという逸話。トレードマークのカウボーイ・ハット。しかも、イヴァンが初めて感銘を受けたのは、現在の彼の音楽性からはとても想像がつかない、ボブ・マーリーのレコードだという。マグネットと名乗る以前は、サイケデリック・バンド、チョコレート・オーヴァードーズのギタリスト、ハードコア・バンド、リビドーのヴォーカリストとしてのキャリアも持っている。そんな多様な音楽体験が、イマジネーションに溢れる彼独自の世界を押し拡げてきたのだろう。だが、メランコリックで、おとぎ話のようにも思えるマグネットの音楽に、逃避や癒しを求めるのは間違いだ。ここには、目隠しした指の隙間から見えてしまったものが確かに刻まれている。ドラッグ、壊れてしまった愛、絶望、自殺。そう、イヴァンが見ているのは、グリム童話のような、リアムな残酷さをも合わせ持つ光景なのだ。
BEST TRACKS
- M2. Last Day Of Summer
- M4. On Your Side
- M5. The Day We Left Town
- M7. Lay Lady Lay
- M9. I'll Come Alone
腕に彫り込んだ磁石のタトゥー以外にも、マグネットにまつわる風変わりな逸話は数多い。幼少時代には、ボブ・マーリーに影響されて、極寒の港町ベルゲンでラスタファリアンのコスプレをしていたこと。スコットランドの自宅では伝番を飼い慣らし、地元ベルゲンの友人とのレコーディングの際には、その伝書で音源データのやりとりをしたこともあるらしい。また、ディラン・ナンバーのカヴァー、“レイ・レイディ・レイ”では、アイルランドの女性SSWジェマ・ヘイズと共演しているが、このナンバーをデュエット・ヴァージョンにした理由については、「この曲(の男性)も随分歳を取ったから、せめて(原曲では出会えない)想い人と巡り会ってほしかったんだ」とのこと。マグネットのロマンチストっぷりが窺えるコメントです。