あとがき

どうやら我々は、かなりとんでもない本を作ってしまったようです。この、とんでもない情報量。データ的な部分もそうですが、それぞれのディスクについての原稿には、いろんな時代に生きたアーティストの記憶や感情、そして、彼らが生みだした作品を聴いた瞬間に巻き起こった様々な感情が渦巻いています。そうした記憶や感情の情報量がとんでもない本――そんな気がしています。

しかも、それが整然と時系列に並べられているのではなく、ひたすらランダムに並んでいるものだから、尋常ではない情報量がとも混沌とした状態で、ひたすら飛び込んでくる本になっています。これはさしずめ、たちの悪いアシッド・トリップか、スタンリー・キューブリック映画『2001年:宇宙の旅』のボウマン船長が経験した進化の瞬間のような体験と言えるかもしれません。なので、これは一気に読んでもらうというよりは、何度も取りだしては、繰り返し繰り返し、いろんなディテールを少しずつ汲み取ってもらったり、友人達との会話の肴にしてもらったりしながら、その時々の新たな発見を見出してもらう類の本なのかもしれません。なので、是非、ゆっくりと付き合ってあげて下さい。

ただ、この混沌としたまま、とんでもない情報量の記憶や感情が飛び込んでくるという構成は、当初から意図的なものでした。なぜなら、ポップ・ミュージックの歴史とは、そんな風に重層的に積み重なった、さまざまな記憶や感情が作ってきたものだからです。我々は、80年代ニューウェイヴ、70年代ブリティッシュ・ロックといった、ジャンルに特化したディスク・ガイドを作ることも出来たでしょう。でも、そうした本は確かに便利なのですが、歴史のある一時期をその前後の脈絡から切り取ってしまうことで、1枚のディスクに込められた時代のウネリやその作品が生み落とされた歴史そのものがとても平坦なものになってしまうのです。しかし、ポップ・ミュージックの素晴らしさとは、かつてザ・フーが一番最初のシングルで歌ったように、あまりにいくつもの感情や記憶が同時に巻き起こっていて、とても「説明出来ない」フィーリングにこそあります。ニューウェイヴを語るには、それ以前のパンクの敗北について語らねばなりませんし、その後のポストパンクが向かう冒険と閉塞について語らねばなりません。ソウルについて語るには、それ以前にロックンロールが黒人のものであったこと、それが白人のものになろうとした時、それが生まれたこと、にもかかわらず、その頃、白人達はロックンロールのことを忘れかけていた――そうした複雑な状況について語らねばなりません。しかし、そういう重層的な歴史を、時系列で示すことはとても難しいのです。しかし、ある1枚のディスクには、そうした時代の複雑なウネリが見事なまでにすべて刻み込まれています。そうした重層的で、複合的なポップ・ミュージックというものに近づくためには、こうした混沌とした構成が必要だったのです。

にもかかわらず、この本は、そうした歴史そのものに衝突しようとするものでもあります。本全体に、「音楽を聴く際にもっとも重要なことは、そのレコードが今この瞬間に、自分自身に何を語りかけてくるかだから、その作品がどのような社会学的背景を持った時代に、どのようにして作られたかは、実のところ、さして重要ではない」というスタンスが貫かれています。ただ、それはその作品が生みだされた歴史的な背景をないがしろにしても構わないということではありません。むしろその豊潤な歴史の中での、さまざまな繋がりを理解することは、ある特定の音楽作品をとても深く愛することに繋がっていくでしょう。だからこそ、それぞれのディスクについての原稿はそうした視点から書かれていますし、それぞれの小さなコラムには、「すべての音楽が繋がっている」という事実にとても意識的な原稿がしつこいくらいに並んでいるのです。

ただ、我々は、すべてのディスクをそうした歴史的な文脈から解き放ち、それを「今のもの」として、「自分のもの」として、もっと無責任に楽しむことが出来ます。例えば、ビートルズの『フォー・セール』がどんな時代背景で作られ、ビートルズの4人がどんな気持ちでそれを作ったかということよりも、アルバムの1曲目、”ノー・リプライ”のジョン・レノンのシャウトが鳴り響いた瞬間、アナタが感じたことの方がもっと大切なのです。すべてのディスクに4~7曲のベスト・トラックが明記してあるのは、「アルバム全体でなくとも、1曲単位でいいから、その作品にアクセスして欲しい」という我々の思いと同時に、「作家の意図なんか無視して、もっと好き勝手に音楽を楽しんでやれ」という我々の挑発でもあるのです。

そうした、ある意味、無責任な態度は、ポップ・ミュージックを楽しむ上でとても大切なものです。なぜなら、ポップ・ミュージックとは、時代や歴史のウネリから生みだされたものであると同時に、それが流れてきた瞬間に、そうしたすべての歴史や時代の呪縛から解き放ってくれるものでもあるからです。限られた時間という制約に囚われ、たったひとつの肉体という制約に囚われ、あるいは、言語という制約にとらわれてしまっている我々ニンゲンという存在を、そうした限定から解き放ってくれるのは、音楽以外にありません。我々が、優れたレコード作品に向き合う時、そこにはそうしたあらゆる制約から解き放たれる自由の感覚があります。僕はそのことを、ポール・ウィリアムズの『ROCK AND ROLL: THE 100 BEST SINGLES』という素晴らしい本から学びました。

この本は、あなたがある1枚のレコードを再生した瞬間に巻き起こる、奇跡のような体験――誰もいないはずのスピーカーの向こう側から、あなたについての物語が突然溢れだす、そんな信じられないような体験についての本でもあります。だからこそ、この本では、すべてのディスクが8つの時間帯に分けられているのです。つまり、アナタの日常の中で、それぞれのディスクを今一度、「この瞬間」に甦らせて欲しいのです。音楽がもっとも輝く瞬間とは、それを誰かが作りだす瞬間である以上に、誰かがそれを「聴く瞬間」です。そして、そのことがポップ・ミュージックを進化させてきたのは言うまでもありません。あなたのライフを変えるかもしれない300枚のレコードについての本、それは同時に、世界を変えるかもしれないアナタについての本なのです。

1枚のディスクに刻み込まれた歴史の重みを感じること。それぞれの音楽をそうした歴史の呪縛から解き放ってやること――その相反する、ふたつの異なるベクトルのそれぞれをアンプリファイすることこそが、我々のミュージック・ライフを豊かにしていきます。我々は、この本でそのちょっとしたきっかけ、もしくは、ちょっとした挑発いやがらせをやろうとしたのかもしれません。「俺はこう思うんだけど、お前はどうよ?」というわけです。なので、是非、皆さんが友人達と同じ音楽をシェアし、それに対する意見を戦わせることで、ポップ・ミュージック全体をもっともっと重層的で、豊かな文化へと発展させていって下さい。それが我々の願いです。

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