Slip Inside This House
心臓の鼓動が静かに伝わってくるような、静まり返った夜。
にぎやかな通りの喧騒から逃れ、辿り着いた、うらぶれた路地の裏側。
青白い月。体は疲れきっているけども、まだ神経はどこかぶっている。
都会の闇を抜けて、心の闇にゆっくりと踏み込んでいく時間だ。
部屋の明かりを消して、もうひとりの自分に会いに行こう。
このチャプターでは、ディープなインナースペースへの旅へと
ゆっくりと誘ってくれるディスクを中心に選んでみた。
真っ暗な部屋の中でひとり、自分と向かい合うには最適の音楽だ。
Plastikman
暗い。ひたすら暗すぎる──おそらく初めてプラスティックマンの音楽を聴いた者の大半は、そんな感想をもらすに違いない。確かに暗い。だが、こんなにも優しく、その傍らに寄り添ってくれる音楽はない。外界の喧騒や汚辱から自分自身を切り離し、静かに自分自身と向き合いたい時に、これほど最適なレコードはないだろう。この作品は、テクノ第二世代の代表格、リッチー・ホウティンによるプラスティックマン名義の4thアルバム。これは、聴き手を内面という底なしの底へと誘う、暗黒のアシッド・トリップ・アルバムだ。そもそもプラスティックマンは、ローランドのTB-303、TR-808、TR-909といったテクノ黎明期の器材しか使わないという限定をリッチー自身が己に課した、コンセプチュアル・アートのようなユニット。だが、愛についての長文の手紙を送りつけるより、「愛してる」というたった一言を発する方が遥かな威力を持つように、この音のミニマル・アートは、聴き手の核心に真っ直ぐに突き刺さってくる。その一音を、どのようなタイミングで、どのように発し、どこにアクセントを置くのか──ここに収められた10のトラックは、数限りない可能性の中から、たったひとつだけ探し当てられた、究極の「愛してる」の形だと言っていい。
ダンス・フロアを熱狂の渦に巻き込んだ、それまでのプラスティックマンの作品と比べるまでもなく、98年の3rdアルバム『コンシュームド』は、もはやアシッド・ミニマルという枠組みさえ成り立たないほど、ひたすらダークで、内省的なトラックが並んでいた。だが、その次作にあたる本作にあるのは、エレクトロニカとクリック・ハウスの遥かその先の、かろうじて踊ることの出来る、極北のダーク・ミニマル。ビートが不思議な揺らぎを見せる度に、まるで世界を構成している要素の一部が脱臼してしまったかのような不思議な体験に襲われる。これまでになく言葉と声を効果的に使うことで、さらにパーソナルな意味合いが強まっている。タイトル通り、リッチー・ホウティン自身の魂の奥底に、静かに引き込まれていくような75分間。腰ではなく、脳と神経と感覚にくるファンク。だが、それはあなた自身に出会う体験でもある。このディスクが廻っている間だけは、あなたは自分自身からすべての余計な虚飾をそぎ取って、あなた以外の何者でもないあなたになり、あなたでいることに新たな発見をすることになるだろう。
BEST TRACKS
- M4. Disconnect
- M5. Slow Poke
- M6. Headcase
- M7. Ping Pong
- M8. Mind in Rewind
- M10. I Don't Know
プラスティックマン名義の最初の2枚のアルバムと、それ以降のアルバムはまったくの別物だと思った方がいい。最初の2枚──93年にリリースされた1stアルバム『シート・ワン』、翌94年リリースの2ndアルバム『ミュージック』は、どちらも、最小限のリズムとアナログ・シンセ音に極端なエフェクト処理を施した、ひたすらポコッココ、ポコッコ、ポッコッコいってるという、とことんドラッギーなアシッド・テクノが満載。で、まあ、当時は、これに世界中のダンス・フロアが興奮しまくったわけです。すごいなー。皆、体力あるなー。そのあまりのチャカポコっぷりに、ツボにハマってしまうと、笑いが止まらなくなってしまう可能性あり。因みに、『シート・ワン』のアートワークは、切り取り線がついた、まんまアシッド・ペーパーを模したデザインになっている。この時期のプラスティックマンは、音もヴィジュアルもまんまアシッドというわけ。
世界中のダンス・フロアを沸きに沸かせたプラスティックマン初期の代表曲であり、スネアの連打を中心に組み立てられた、ひたすらスコスコスコスコ、スパパパパパ、パコパコパコバコいってる“スパスティッグ”は、当初は、『シート・ワン』のアナログ2枚組に収録されていた。現在は、94年の編集盤、『リサイクルド・プラスティック』でも聴くことが出来ます。シャイコーです。
98年リリースの3rdアルバム『コンシュームド』、これがやはりもっとも極端なアルバムでしょうか。ファンク的要素皆無の、ひたすら淡々と沈み込んでいくだけの暗黒サウンドには、今でも誰もが驚愕するはず。まあ、タイトルからして、「消耗しきった」とか、「やつれきった」とか、「消費され尽した」みたいな意味ですから、仕方ないのかもしれませんが、個人的にも、これはさすがにほとんど聴きません。根が明るいからでしょうか。『クローサ一』は死ぬほど聴いてます。やはり根が暗いということでしょうか。
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2001年リリースのミックスCD『DE9: Closer to the Edit』(左)は、本作をさらに上回る傑作。ここでは、初期F.U.S.E.のメンバーでもあるジョン・アクアヴィヴァが開発した新兵器、ファイナル・スクラッチ(コンピューターにストックしている音源をレコード状のコントローラーを介して、ターンテーブルで再生することが出来るソフトウェア)を駆使して、それぞれの音源から、小節単位、もしくは、単音のループを作って、それをジグソーパズルのようにミックスしている(この作品のアナログ盤は、ミックス・アルバムではなく、それぞれのループが溝に刻まれていた)。ただそうした手法の目新しさとは無関係に、クリック・ハウス/ミニマル・ハウス的な、とことんディープに潜っていく感じを楽しめる。いずれにせよ、2枚とも必携だ。
MO'SOME TONEBENDER
モーサム・トーンベンダーを聴く上で注意しなくてはいけないこと。①躁状態の時に聴かないこと。ただでさえアッパーになっているのに、本作を聴くと余計にアッパーになるため、命に危険が及びます。②大勢の人達がいるところで、ヘッドフォンで聴かないこと。周りの人は普通なのに一人だけ興奮していると、周囲から気味悪がられます。③閉所恐怖症の人は聴かないこと。殺伐とした密室感には、気が狂いそうになるでしょう。あと、④疲れている時には聴かないこと。あまりにエクストリームなサウンドは、余計に疲れてしまう可能性があるかもしれません。そう、モーサム・トーンベンダーの音楽は、ハイになりすぎて危険だ。ロックンロールは、もちろん喜怒哀楽やドラマ性を表現することも出来るけれど、“ノー・フューチャーな感覚”を表現するためにこそある。明日なんてどうでもいい。自分という存在なんて消え失せてしまって構わない──高揚感の果てにある、そんな真っ白な恍惚と、それと背中合わせにある一妹の寂しさが同時に訪れる、最高の瞬間を切り取るのに、ロックンロールは効果的だ。「ロックンロールはハイな魔法」と言ったのはプライマル・スクリームのボビー・ギレスピーだが、その言葉は、そっくりそのままモーサム・トーンベンダーにも当てはまる。
だが、本作は、それまでの作品と比べて、少しばかり異なった性格を持ったアルバムだ。一発録りによってライヴの高揚感や熱狂をそのままCDにパッケージしようとするのではなく、ハードディスク・レコーダーを駆使してレコーディングされた。曲調も、ニューウェーヴ・テイストの四つ打ちあり、エレクトロニカあり、ドープなダブありと、実にカラフルだ。奇しくも、ポストパンクの再評価が高まった2003年のNY周辺の空気とシンクロした、実験的な作品と言えるかもしれない。けれども、聴き手の脳ミソに直接働きかけて、否が応にも高揚させるモーサム・ワールドに変わりはない。それまでの、まるで針金のようにささくれ立ったギターや性急なビートが、うねるようなベース・ラインの反復と、トリッピーなサウンド処理に置き換わっただけだ。空間系エフェクトを多用した本作は、以前の殺伐とした空気は減少したため、とても聴きやすい。モーサム入門編としては持って来いのアルバムだ。けれども、ポップなジャケットだからといって甘く見ていると、必ずや仰天するだろう、衝撃の一枚。
BEST TRACKS
- M1. Trigger Happpy (In The Evening)
- M2. Hang Song
- M4. Go Around My Head
- M6. Endless D
本作に収録されている“HANG SONG”での、ディレイの効いたトランペットは、70年代後半に活躍し、ノー・ウェーヴを代表したバンド=コントーションズのジェイムス・チャンスの、フリーキーなサックスとそっくり。コントーションズの、既存のロック・バンドの方法論を解体していくサウンドの組み立て方も、本作でモーサムが試みた、実験的な手法と重なる部分だ。
デビュー・アルバム『HELLO』では、グシャッと潰れたような、深い歪み方のギターと、ヘヴィなドラム&ベースが特徴の、いわゆるストーナー・ロックを聴くことが出来る。まるで重戦車が高速道路を全速力で突っ走っているかのような、スピード感溢れるパンク・チューン“冷たいコード”や、不思議な高揚感を持った“HIGH”は言うに及ばず、アルバム中で、最もポップなメロディを持った“ボクはサカシマ”に至っても、どこかぐにゃっとネジ曲がった、バッドなトリップ感を持っている。
2ndアルバムにあたる『LIGHT,SLIDE, DUMMY』は、モーサムのキャリアの中でも、エクストリームさが最もよく表れたアルバムだ。特に“凡人のロックンロール”、“DUM DUMPARTY”、“モダンラヴァーズボレロ”のアルバム冒頭を飾る3曲の振り切れ具合は圧倒的。このアルバムのダークな雰囲気とエッジの尖ったサウンドからは、フリクションやINUといった、80年代初頭の日本のアンダーグラウンド・シーンで活躍したバンドの名前を思い浮かべることが出来る。
『TRIGGER HAPPY』に収録されている“BIG S"は、フリクションのカヴァー曲だが、モーサムの手にかかると、フリーキーなスライド・ギターと、エディットしまくったヴォーカルが多用されていることにより、オリジナルよりも性急感溢れるサウンドに仕上がっている。
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Yeah Yeah Yeahs
60年代の『ヴェルベット・アンダーグラウンド&ニコ』や70年代の『ノー・ニューヨーク』がそうだったように、このヤー・ヤー・ヤーズの1stアルバムには、現代のニューヨークという街の、灰色の空、猥雑な空気、地下道からふつふつと沸き上がるエネルギーが見事に瞬間密封されている。ニューヨークでしか生まれ得ない鋭利なサウンドと、そこに潜むダークネスとエロティシズム。粗暴なようで、実はしっかりと作り込まれたサウンド・プロダクションによって、ベースレス3ピース独特の生々しくゴツゴツとした音の感触が、聴き手の耳とハートを刺激する。ルー・リードの隠し子のように無愛想で、ジョン・スペンサーが乱心したかのような凶暴なリフが飛び出すニックのギターも最高。だが、やはりカレン・Oのヴォーカルの迫力が凄まじい。「人は誰でもセックスと暴力に惹かれる」という本人の言葉通り自由奔放、大股開きで、世界中の老若男女を挑発するような絶叫と喘ぎ声。しかも、そのすき間から知的なクールネスと少女のように可憐な表情がちらりと顔を覗かせるのだから、心掴まれないはずがない。そう、30年を経てやっと、デボラ・ハリーの後継者が誕生したのだ。
ガレージ色の強いシンプルなバンド・サウンド中心の前半もいい。だが、ダビーな音響の中にエクスペリメンタルなサウンドが詰め込まれたアルバム後半こそ、実はこのバンドの真骨頂。繰り返して聴くほど、その濃密なサウンドスケープに圧倒される。今後、この音楽性の懐をさらに深める鍵を握るのは、敏腕ジャズ・ドラマーのブライアンか? 世紀に生まれ変わった漆黒のパンク・ミュージック、最初の名盤。
BEST TRACKS
- M1. Rich
- M2. Date with the Night
- M4. Tick
- M7. Cold Light
- M9. Maps
- M11. Modern Romance
世紀の大傑作コンピレーション盤、78年の『ノー・ニューヨーク』の21世紀版として昨年リリースされたのが、『イエス・ニューヨーク』。ストロークス、レディオ4、ラプチャー、インターポール、レ・ティグラ、シークレット・マシーンズ、ウォークメン、ロングウェイヴ等々、現在のニューヨークの顔役達が一同に会した充実作。ヤー・ヤー・ヤーズは、アルバム最後にUnitardと変名で参加しています。ただ、2004年に入って、カレン・Oは一念発起してニューヨークを離れたとか。しかも、新しい家を構えたのは、なんと大陸の反対側、ロサンジェルス!ということは、2ndアルバムは青い空に太陽照り付けるビーチ、そしてハリウッド界がテーマになる、なんてこともあるのかも。ヤー・ヤー・ヤーズ版『セレブリティ・スキン』みたいな。
Autechre
今ほど、オウテカを純粋に楽しめる時代はないだろう。「僕達は絶対に何かを象徴したり、模倣したりはしない」という発言、あるいは、『LP5』、『EP7』などという身も蓋もないタイトルからも明らかだが、常にオウテカは、あらゆる意味とは無縁の、純粋に「音楽」であろうとしてきた。だが、かなり皮肉な言い方になるが、何をも象徴しないはずのオウテカの音楽は、ある時期、可能性の象徴だった。未来を失ってしまった時代においても、我々はまだ進化する可能性と力を持っているという、我々の希望を表象してしまうものでもあった。そう、それはまさに60年代半ばのロックを取り巻く熱狂とまったく同質のものだと言える。我々の誰もがオウテカを聴く時、常にそこに革新性を見だそうとした。勿論、それは少しも間違ってはいない。だが、ともすれば、そうした態度のせいで、純粋な音楽としての美しさは、どこかおざなりにされることもあった。実際、ある時期から、彼らのフォロワー達が作り上げたIDM、エレクトロニカというタームが、機材オタクによる機材オタクのための音楽を意味するものに成り下がってしまったのは、そうした本末転倒した状況を象徴するものだろう。オウテカの冒険精神が極限まで発揮されたのが、彼らに対する期待が膨らみきった2001年の『コンフィールド』だ。ここでの、プログラム主体で作られた複雑極まりないサウンドには、熱心なファンさえも戸惑いを隠せなかった。ビンの中で鉄球が転がっているような複雑なリズム、ガラスの上を遣いまわるムカデが爪を立てているようなランダムなビート。反復しないビートどころか、まるで分子構造自体がダンスしているようなミクロのリズムを持った、究極のマイクロ・ファンク・ミュージック。「あいつらは、僕にはアシッドすぎる」というハーバートの言葉もさもありなん。彼らは行き着くところまで行ってしまったかに見えた。だが、果たして、そうなのか。今現在、当時の熱狂や期待を剥ぎ取ったところでオウテカを聴くと、その純粋な音楽としての心地よさにひたすら打ちのめされる。その後の彼らは、2002年のシングル『ガンツ・グラフ』、この2003年の最新作『ドラフト7.30』と、とてもポップな印象を受ける作品をリリース。いや、そろそろ我々も気付くべきなのだろう。オウテカがやろうとしているのは、ただのポップ・ミュージックだということに。
BEST TRACKS
- M1. Xylin Room
- M5. Surripere
- M9. V-Proc
- M10. Reniform Puls
彼らのルーツは、90年代初頭の地元マンチェスターのヒップホップ・コミュニティ。常に革新的なサウンドを生み出してきたヒップホップの精神を最大限に拡大解釈した結果が、オウテ力。実際、二人の恰好もB-ボーイ。
94年の『Amber』。ロマンティックな響きの和音が多いせいか、宇宙の果てで浮かんでいるかのような、不安なんだけども、ドリーミーな気分に襲われる曲、多し。ジャケット同様、風や気温の変化、重力といった自然の営みが作りだす複雑怪奇な造形の、美しい音の彫刻。普段からわりと聴きます。
95年『Tri Repetae』は、音の記号化がさらに進んだ作品。アメリカではナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーが主宰する〈ナッシング〉からリリースされたのも頷ける、硬質でノイジーで、インダストリアルな仕上がり。特にヒプノティックな10曲目はかなり好き。深夜や明け方の愛聴盤。
1998年の『LP5』は、トム・ヨークのフェイヴァリット。文字通り、カオスを音像化するオウテカの世界が出来上がった傑作。とにかく素っ頓狂で、せわしないビート、多し。エジプト辺りの古代文明を思わせる音階と音色のせいか、もっとも勇壮な気分にさせられる1枚。最後の“Drane2”は屈指の名曲。やっぱこれがベストかな。でも、『コンフィールド』、やっぱこれも最高。1曲目の“VI Scose Poise”は勿論、恐竜がひたすら餌を食い散らかしてるような“Parhelic Triangle”、ビルが工事の振動で奮えているような“Eidetic Casein”もたまらない。まあ、確かにちょっとホラー・チックですが。なので、夜、小さい音で聴くのではなく、大音量で聴くのがお薦め。
試しに、まず1枚手に取るとしたら、2003年の「スヌーザー」ベスト・シングル第一位にも選出された「ガンツ・グラフ」。狂ったような金属音が吹き乱れ、とにかくアガりまくる。表題曲に映像がついたDVDあり。
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Mantronix
タイムマシーンに乗って、今すぐ見に行ってみたいポップ・ミュージック史における歴史的な瞬間をひとつだけ挙げるとするなら、僕なら絶対に80年代初頭のヒップホップ黎明期。青空の下、公園や路上で行なわれるラップやブレイクダンス──その渦中にいたい。本作は、当時のパーティ・ヴァイブを追体験することが出来る、数少ないオールドスクール・ヒップホップの傑作だ。と同時に、その後、テクノへと発展していく、最初期のマシーン・ファンクの誕生を刻印する記念碑的作品でもある。シンセやサンプラーといったデジタル機材が次第に安価で手に入るようになった、この時代。R&B、ソウル、ファンク、ディスコと変化してきたブラック・ミュージックの中から、サンプラーとリズムボックスを使ったエレクトロニック・ファンク──いわゆる「エレクトロ」が誕生する。ジャマイ力生まれで、カナダ~NY育ちの白人トラック・メイカー、カーティス・マントロニク率いるマントロニクスは、その先駆け的存在だ。チープなリズムボックスから、ジャストのタイミングで叩き出されるメカニックなビート。当時は、誰もが驚愕した32ビートのキック。無機質というよりは、脇の下がくすぐったくなるようなむずがゆいシンセサイザーの音色。本作1曲目の“ベースライン”は、グランドマスター・フラッシュの“ザ・メッセージ”、アフリカ・バンバータの“プラネット・ロック”、ハービー・ハンコックの“ロック・イット”と並んで、今もクラシック中のクラシックであり続けている。本作には、パーティが薄暗いダンスフロアの中に押しやられる前の、本当に幸福な時代のヴァイブが詰まっている。
BEST TRACKS
- M1. Bassline
- M2. Needle to the Groove
- M5. Ladies
- M7. Fresh Is the Word
オールドスクール・ヒップホップやブラジル音楽が持つ祝祭感覚を甦らせようとしたベックの最高傑作『オディレイ』(96年作品)。ここに収録された名作"ホエア・イッツ・アット"のブレイクで、ベックがいかにも嬉しそうにサンプリングしているのが、マントロニクスの代表曲“ニードル・トゥ・ザ・グルーヴ”のボコーダー・ヴォイス。ロボットっぽいの好きだね。
クラッシュのミック・ジョーンズと映像作家ドン・レッツの二人が中心になって始めたビッグ・オーディオ・ダイナマイトの1stアルバム(85年作品)も明らかに、当時のエレクトロの多大な影響下にある。ジャケットの写真でも、わざわざギター・シンセを肩から提げているところが、いかにもミック・ジョーンズらしくて微笑ましい。ホント、新しいもの好きだよね。
LFO
「テクノとは、これまで誰も聴いたことがない音楽だ」というジェフ・ミルズの名言に倣うなら、まさにLFOこそがテクノの中のテクノだ。今ではもう皆忘れてしまったかもしれないけれど、ほんの一瞬だけ、テクノだけが未来の音楽たりえ、テクノだけが「名付けられること以前の音楽」たりえていた時代があった。だが、名付けえぬものが名付けられる時、多くのものを獲得すると同時に、多くのものを失う。その一部はダンス・カルチャーの一要素へと取り込まれることで、良くも悪くもその可能性を狭めていき、その一部は、音楽としての無限の可能性を追求するがあまり、複雑になりすぎて、ポップとしての求心力を失ってしまった。そして、そうした変化に伴って、一度はLFOもその役割を終えたかに見えた。
だが、7年ぶりの沈黙を破り、マーク・ベル個人のユニットとして再出発したLFOの3rdアルバム『シース』は、テクノが名付けられること以前の音楽だったのを鮮烈に思い出させる強烈な1枚だ。まずはシングルにもなった“フリークス”だけでも聴いてくれ。ブッ飛ぶね、こりゃ。ブ、プ、ピ、ペポ、ビヒャブヒャ、ビヒャビヒャッ──ぶっちゃけ、とにかく変な音楽。ディスコ/ハウス的なキックの四分打ちの曲はほとんど見当たらないし、どの曲も、基準とか定型といったものがほぼ存在しない、かなりフリーキーな音楽だ。だが、それと同時に、温かな手触りを持ったアナログ・シンセの音色が、アポロ11号が月面に着陸した頃──まだ未来に対する希望で溢れていたロマンティックな時代に舞い戻ったかのようなノスタルジックな気分にさせてくれる、とてもドリーミーな音楽でもある。そして、この作品は、それとはまた別のノスタルジアを呼び起こす。それは、LFOが誕生した時代──88年、全英を覆うアシッドハウス・ハウス・エクスプロージョンの真っただ中、クラフトワークや初期エレクトロ/ヒップホップに夢中だったイギリス北部の工業都市リーズに暮らす10代の少年二人が、初の英国産ハウス・ミュージックを作り始めた頃の幸福な時代に対するノスタルジアだ。当時のLFOの音楽は、時代全体のヴァイブと相まって、強烈なオプティミズムを宿していた。本作には、当時の無邪気な夢の遠い反響がある。それを伝えているのは、全編に漂っている、いたずらっぽいムード。気持ちがくすぐったくなるチャーミングな1枚。
BEST TRACKS
- M1. Blown
- M2. Mum - Man
- M4. Snot
- M6. Unafraid to Linger
- M8. Freak
- M11. 'Premacy
LFOは、当初はマーク・ベルとジェズ・ヴァーレイによるユニット。LFOとは、ロウ・フリーケンシー・オシレーション──アナログ・シンセのオシレーターの音程を変えるための回路の略称。シカゴ・ハウスやデトロイト・テクノのクリエイターが、主にTB-303を使って低音を作ったのに対し、アナログ・シンセを使ったLFOのサウンドは、通称ブリープ・ハウスと呼ばれた。このブリープとは、ローランドのSH-101、MC-202などに代表されるアナログ・シンセの発振音のこと。
彼らの1stシングル「LFO」のリリースが90年のこと。前年の89年には、808ステイトが「パシフィック」を、オービタルが「チャイム」をリリース。そこにストーン・ローゼスに代表されるマッドチェスターの動きが加わり、英国でのレイヴ・カルチャーは、この時期、未曾有の盛り上がりを見せた。
91年の1stアルバム『フリーケンシーズ』は、いつ聴いてもご機嫌な気分にさせてくれる歴史的な傑作。その後、エレクトロ/ヒップホップの総本山でもある〈トミー・ボーイ〉にライセンスされ、全世界で8万という当時としては破格のセールスを記録。だが、その後の2ndアルバム『アドヴァンス』のリリースは、なんと96年。やっぱ悩んだんですねー。マイク・ベル日く、『アドヴァンス』は、「プログレッシヴであることが目的化していた」作品とのこと。それと比較すると、『シース』は、「もっとエモーショナルで、ナチュラル」だとか。さもありなん。
LFO休止後のマーク・ベルは、ビョークの片腕として、『ポスト』『ホモジェニック』『セルマ・ソングス』に参加。ビョークの代表的なステージ・レパートリーのひとつ“アイ・ゴー・ハンブル”は、『アドヴァンス』収録曲“ショーヴ・ビギー・ショーヴ”とまったく同じ曲。その他にも、自らのヒーローでもあるデペッシュ・モードの2001年のアルバム『エキサイター』のプロデュースも手掛けている。
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Syrup 16g
一体、希望は何なのか?阪神大震災、地下鉄サリン事件、テロ、戦争、低年齢化し続ける凶悪犯罪に、拍車のかかる一方の不景気──そうした一連の社会の動きを全身で受け止め、そのまま自分達の表現に反映させる「日本のグランジ」と呼べそうなバンドが次々と現れたのが、2000年に入ってからの日本のシーンの大きな特徴だった。それは、どこか80年代後半から90年代初頭にかけての英米シーンで、未来に不安や喪失感を抱き、産業化していくロックへの反発心と絶望感に苛まれた若者達が巻き起こした、オルタナティヴ・エクスプロージョンを思わせる。シロップ16gは、そんな状況の下、登場してきた。フロントマン五十嵐隆は、人間のネガティヴな陰の部分を真正面から見つめる。詩のほとんどを占めるのは、絶望感とどうしようもないやるせなさ、そして、それでも最後に一抹だけ残された希望だ。特に、2003年のアルバム『Hell-See』以前のシロップの作品は、聴いていて本当に辛くなるぐらい自虐的で、暗い。例えば、同時期に出てきたバンド、アートスクールが、ネガティヴな状況を激しくアグレッシヴなサウンドとノイズで打破しようとするのに対して、シロップ16gの音楽は、メランコリックなメロディと優しすぎる歌声で、聴き手をゆっくりと心の奥底のダーク・サイドへと誘う。聴く時を間違えると、自分自身もダウナーな状況に引き込まれてしまいそうになるほどだ。しかし、『Hell-See』は、ダーク・サイドに嵌っていたそれまでのシロップ16gの表現から、一歩抜け出したレコードだ。シロップらしい毒のあるユーモア・センスの込められたタイトル・トラック“Hell-See”を聴けば、誰もがそのことに気付くはず。そう、『Hell-See』というタイトルは、「へル・シー(地獄、見る)」と「ヘルシー(健康)」のダブル・ミーニングになっている。そこには、ネガティヴな状況と真剣に向き合い、それゆえ八方寒がりになってしまった人達に対して、「みんな、結構おかしいんだぜ」と呼びかけるような、皮肉と優しさが同居している。健康的、というのは、ただ単純に明るくて、前向きに生きているだけではない。健康な人間こそ、心の底に暗い部分を持ちつつも、自分の中のネガティヴと闘っている。ヘコむための音楽、ではなく、現状から遣い上がるためのBGMとして、シロップ16gを聴いてみてはいかがだろうか?
BEST TRACKS
- M2. 不眠症
- M3. Hell-See
- M7. (This Is Not Just) Song For Me
- M9. ex.人間
- M15. パレード
2001年の『Copy』は、インディからリリースされた1stフル・アルバム。淡いディレイのかかった透明感あるサウンドと、心の内面の痛みをえぐり取った「グランジ以降」の歌詞が同居するシロップ16g独自の世界観は、この時点で既に完成形に近付いていた。「君に存在価値はあるのか?」と正面から問う“生活”のコーラス・ラインがとにかく強烈。
2002年のシロップのメジャー・デビュー作『coup d'Etat』は、いきなり冒頭から「愛するもの(=音楽)を切り売りしてやる」と歌うナンバーで幕を開ける。五十嵐は、様々なメロディと声色を使い分けながら、時にニヒリスティックに毒づき、時に怒りを爆発させ、時に怯えた表情を垣間見せる。楽曲ごとのエモーションの振幅の広さは、シロップ諸作の中でも随一だ。
前作から僅か3ヵ月という、驚異的な短期間で上枠されたのが、2002年のアルバム『delayed』。こちらは、インディ時代に書き溜めていた楽曲を、改めてレコーディングし直した1枚。ヘッドフォンとギターだけを手に、外界との接触を断っていた高校時代を歌った“センチメンタル”を筆頭に、シロップ16gの「離陸前」の時代を描いた作品。代表曲“Reborn”も収録。
2003年の「Hell-See」の雛形となっているのは、意外にも、ポリスの84年作『シンクロニシティ』。ポリスに限らず、スミス、キュアーから産業ロックに至るまで、80年代の音楽全般は、五十嵐のソングライターとしての重要なルーツでもある。彼自身は、当時の音に共振する点として「80年代ポップスの持っていた、どこか浮わついた気分と、行き止まり感や虚しさが同居している感覚」を指摘している。透明感のあるディレイを多用した、王道ポップス的なサウンド・プロダクションに、おおよそ普通のポップスには馴染まない、生々しくパーソナルな歌詞が、1曲の中に奇跡的に同居しているレコードだ。特に、「美味しいお蕎麦屋さん見つけたから今度行こう」と歌いかける“ex.人間”の最後のラインは、何時聴いても鳥肌が立つ。
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The Mars Volta
喧嘩だな。そう、このアルバムをどんな時に聴くのが最適かと色々と考えてみたのだけれど、喧嘩しに行く時に聴いたらいいんじゃないだろうか。全編に渡って繰り広げられる、エクスペリメンタルかつドラマティックな曲展開は、どこか「火事場のクソカ」という言葉を思い起こさせる。しかし、彼らの出自であるハードコアという言葉の響きが連想させる、力技なイメージとはまたひと味違った、一筋縄ではいかない緻密で、壮大な音作りは、アイデアとしても、耳触りとしてもかなり面白い。言わすもがな、彼らの前身アット・ザ・ドライヴ・インとが、フガジを筆頭とするワシントンD.C.のハードコア・サウンドからの血筋を引くことは、カックンカックンとつんのめる変則的なリズムに顕著に表れていた。が、マーズ・ヴォルタはよりダンサブル。四つ打ちのテクノであったり、ジャングル、ドラムンベースといった様々なダンス・ミュージックのエッセンスをさらに取り入れている。サルサやダブの影響も大きいのは勿論、彼らがエル・バンというアメリカの中でもっとも中南米に近い街で生まれ育ったことと強く関係しているが、それ以上に、バンク/ハードコアと同じく、それがレベル・ミュージックでもあるからだろう。クラッシュが、ダブやレゲエに接近したのと、まったく同じ理由だ。しかし、何より圧倒されるのは、縦横無尽に飛び交い、幾重にも折り重なってゆくオマーの長尺ギター・プレイと、性別すら超えたセドリックのハイトーン・ヴォーカル。ジャンル不明、あまりにブログレッシヴな音響には、もう唖然とするしかない。インプロヴィゼーションがさらに増加するライヴなんてもう絶句。
BEST TRACKS
- M3. Roulette Dares (The Haunt of)
- M5. Drunkship of Lanterns
- M7. Cicatriz ESP
本作には、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリーと、ジョン・フルシャンテがゲスト・ヴォーカリストとして参加。セドリックとオマーは、マーズ・ヴォルタ始動と共に、故郷エル・パンからロング・ビーチへと移り、そこで交流が生まれたという。また、本作は「ブラッド・シュガー・セックス・マジック」を録ったのと同じ、プロデューサー=リック・ルービン所有のスタジオで制作された。セドリックが、ジョン・フルシャンテとドライヴをしている途中に、その前を然に通りかかったことから、そのアイデアが生まれたという。「ブラッド~」制作時も、幽霊が出た(!)と大騒ぎとなった場所なのだが、「この世を去ったある友人の自伝的作品」というコンセプトを持った本作には、そのシチュエーションがまさにピッタリだったとか。
七尾旅人
常に絶え間ない進化を果たしてきた個性的なサウンドのみならず、欧米の文学作品やポップ・ミュージックからの引用を現代日本の感覚にアップデートした、独自の言語感覚と卓越したソングライティング・センス。一度聴けば、決して忘れることのない特徴的な声とヴォーカリゼーション──日本から登場したすべての90年代アーティストの中でも、七尾旅人ほど個性的な存在はいない。痛みや傷のすべてを内面化してしまったようなフラジャイルな詞の世界は、日本にも確実にグランジ世代が存在することを証明すると共に、現代日本に暮らすユースの多くが、熱烈に「うた」を必要としていることの証明でもあった。初期作品における、古代文化の象形文字のようなサイケデリックな手書き文字の歌詞カードが象徴するように、彼は言葉の隙間から零れ落ちていく感情の機微のすべてを表現しようとしてきた。それがゆえに生みだされた、クチャクチャと鳴る不思議な倍音が魅力的な独自の発声。そして、音響に対する感覚がどこまでも研ぎ澄まされた、「ダブ/ハウス以降」のサウンドは、彼が最初の「テクノ以降のシンガーソングライター」だという事実を証明している。シド・バレットやティラノサウルス・レックス時代のマーク・ボランに匹敵するサイケデリックなアシッド・フォークから、ダイナソーJRやニルヴァーナを彷彿させるグランジ、初期マーヴィン・ゲイを思わせる極上のソウル、ボサノバやフォーク、ジャズの感覚を取り込んだケルン系エレクトロニカ──それまでの実り多き、さまざまなサウンド・イノヴェーションを経て、ボサノバ界の巨人、ジョアン・ジルベルトの傑作「三月の水」よろしく、最小限のサウンドをバックに、「うた」と「ものがたり」をじっくりと聴かせることに真っ向から取り組んだのが、本作『ひきがたり・ものがたりVol.1 蜂雀(ハミングバード)』だ。ここでの七尾旅人は、「ひきがたり」というスタイルを、いわゆるアコギー本の弾き語りだけではなく、研ぎ澄まされたミニマムな音響空間としてとらえ直した、もっともモダンなフォーク/歌謡の形として提示している。全7曲55分24秒、どの曲も組曲形式になっていて、大半の曲が7分を越す大作だ。だが、難しく考える必要はない。出来れば、静かな夜に部屋でひとりきりで聴こう。それぞれの登場人物がありありと動きだし、君に悲しみと喜びの物語を語りかけてくるはずだ。
BEST TRACKS
- M1. 線路沿い花吹雪
- M2. 月の輪
- M3. ぎやまん
- M4. 冷えた高み
- M7. 7日間
活動初期の3枚のマキシ・シングルは今ではかなり入手困難なものの、どれも苦労して手に入れる甲斐のある傑作ばかり。とても10代半ばの少年が作りだしたとは思えない才気のほとばしりと、10代半ばの少年だからこそ作りだすことの出来た繊細さが同居している。98年の1stシングル「オモヒデ オーヴァ ドライヴ」は、どの曲もギターの弾き語りに最小限のピアノや弦楽が加えられた簡素なサウンドだが、それがゆえに、「うた」そのものの凄さが際立っている。4曲すべてが名曲。初期の代表作である“八月”が収められているのは、このシングルのみ。東京という磁場がもたらす混乱とアパシーをそのまま内面化したかのような、ヘヴィでささくれだったサウンドが印象的な2ndシングル「おはよう…!ボンデェジ・サイボーグ」、そして、ロックというよりはジャズやシャンソン、ソウルに彼自身のルーツがあることを明示し、その才能の凄みを見せつけた3rdシングル「鉄曜日の夜→蘭曜日の朝」──その後の2枚のシングルも、出来れば、手に入れたい。
それまでの3枚のシングルのメイン・トラックを含む、10代の時期の集大成とも言える作品が、99年の1stアルバム「雨に撃たえば…!disc 2」だ。タイトルの「disc2」が意味するのは、彼の最初期の作品が収められていないため。“コナツ最後の日々。”を筆頭に、屈指の名曲が並ぶ傑作。本誌99年度べスト・アルバム第3位。
現時点での最高傑作であり、七尾旅人の世界観を知る上でも絶対に不可欠なのが、2ndアルバム「ヘヴンリィ・パンク:アダージョ」。エレクトロニクスに急接近した2枚のシングル、石野卓球とのコラボ・シングル「ラストシーン」を含む、CD2枚組全35曲153分に及ぶ大作だ。ルー・リードの傑作「ベルリン」にも匹敵する深い悲しみを湛えた、痛々しい喪失の物語を巡る傑作。特に、ひとつの時代の終わりと再生を予感させる2枚目のディスクの素晴らしさは筆舌に尽しがたい。
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Black Rebel Motorcycle Club
アメリカ西海岸に出かけよう。行き先は、陽光に溢れるカリフォルニアのビーチでも、セレブリティと成功者の街、ラス・ヴェガスでもない。頽廃の匂いが立ち込める、真夜中のサンフランシスコ地下街の闇の中だ。50年代バイカー映画の名作、『ザ・ワイルド・ワン/乱暴者(あばれもの)』からその名を授かり、黒装束を身に纏った3ピースが、あなたの案内役になってくれるだろう。2002年、サンフランシスコのアンダーグラウンド・サイケ・ガレージ・シーンから地上へと姿を現したブラック・レベル・モーターサイクル・クラブは、開口一番こう呻いた──「俺のロックンロールは、一体どうなっちまったんだ?」。B.R.M.C.は、米国サイケ・ロック発祥の聖地に誕生しながらも、英国産サイケデリアに魅了されている。育ての親は、ジーザス・アンド・メリー・チェインとスペースメン3だ。1stはダウナー&サイケなヘロイン・アルバムだったが、2nd『テイク・ゼム・オン、オン・ユア・オウン』からは、苛烈な怒りと攻撃性が聴き取れる。“シックス・バレル・ショットガン”では、ギターの6本の弦を、6つの銃身のショットガンに見立てて「お前ら皆殺しだ!」と咆哮し、“USガヴァメント”では「落伍者にならない為に、合衆国から脚を買った」と自嘲する。アウトサイダーによる、アメリカ社会への痛烈な告発状だ。だが、B.R.M.C.の怒りの鉾先は、常に自身へと戻ってくる。銃口は自殺の為に己に向けられるし、ユナイテッド・ステイツ(US)とは、我々(US)に他ならない。つまり、出口なし、救いなし。だが、それでもあなたが、この地下街の闇を覗きたいなら、必須の1枚だ。
BEST TRACKS
- M1. Stop
- M2. Six Barrel Shotgun
- M3. We're All in Love
- M11. Rise or Fall
BRMCが直接影響を受けているのは、メリーチェイン、スペースメン3、初期ヴァーヴといった80年代後半から90年代初頭の、英国のダウナーなサイケデリック・バンド達だが、彼らが初めての英国ツアーを廻った際、英国籍を持つドラマー、ニックがビザの問題で、出国が出来ないというトラブルが発生。その際、ドラマーの代役を自ら買って出たのが、元ヴァーヴのピーター・ソウルズベリーだった。本国アメリカでは、なかなか支持を得られず商業的に苦戦を強いられている一方で、イギリスでの彼らの評価は絶大だ。
初来日の2002年〈フジ・ロック〉では、泥酔してX-PRESS 2のDJセットに乱入したり、某エモ・バンドと乱闘寸前の騒ぎを起こしたり、ステージ外でも数々の逸話を残している。