The Gloaming
真っ赤な夕陽がビルの谷間や街路をオレンジ色に染め上げ、
楽しかった日曜の午後が終わりを告げようとする、淋しげな夕暮時。
忘れていたはずの不安がゆっくりと頭をもたげ、
ダークなメランコリアが足元にからみつくように迫ってくる。
そんな夕暮れには、部屋に小さな明かりを灯すように音楽を聴こう。
このチャプターでは、冷えた心を無理やりに暖めるのではなく、
荒涼とした気分をそのまま受け入れてくれるような
ディスクを中心に選んでみた。少しだけ弱ってしまった心に、
静かに染み込んでいく、黄昏時のサウンドトラックだ。
Radiohead
ロックがいまだクラシックやジャズよりも劣ると思われていた時代には、一般的にビートルズの最高傑作は、『サージェント・ペパーズ』、『アビー・ロード』といった大袈裟な大作を指すことが多かった。だが、パンク以降、そうした大作の権威は失墜。一気に『ホワイト・アルバム』の株が上がり、『リボルバー』人気は頂点を迎える。オアシス登場以降は、さらに初期の作品に対する再評価が高まり、『ラバー・ソウル』の株が急上昇──つまり、一般的な評価というものは、時代のパラダイムにかなり左右される。同じように、97年にリリースされた『OKコンピューター』に対する過剰な評価も、当時の英国全体を覆っていた不安が巻き起こしたものと言える。『OKコンピューター』における、誰も真似出来ない領域まで突き詰められた3本のギターが有機的に絡みあう華麗なギター・シンフォニーは、ブリットポップ瓦解後のギター・バンドの行き詰まりという不安と結びつけられることで、「ギター・ロックの未来」という、あまりありがたくない象徴に祭り上げられることになるのだ。だからこそ、その反動として、エレクトロニクスを大胆に取り込んだ2000年の次作『キッドA』は、保守的なファンからのヒステリックな反応を巻き起こすことになる。だが、『キッドA』について誰もがオウテカやエイフェックス・ツインからの影響を指摘しながら、ミンガスからの影響を見事に取りこぼしたように、そもそも『OKコンピューター』もギター・ロック云々といった一元的な作品などではなかった。トリップホップ以降のリズム解釈、エンニオ・モリコーネ譲りのストリングス、ペンデレツキ以降のトーン・クラスタ一的な和音の積み重ねによる無調性のサウンド・テクスチャ──当時、そうした部分は完全に棚上げにされていた。そして、現在の「ストロークス以降」という文脈の中に放り込まれることで、やはりいまだその真価がきちんと噂されていない「早すぎたアルバム」が、『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』だ。もしかすると、全14曲という曲数の多さもこの作品への評価を半ば保留にさせている一因かもしれない。だが、実のところ、2001年の5thアルバム『アムニージアック』同様、この2004年に改めて聴くと、当時は見えてこなかった、様々な発見が楽しめる。特に、中盤以降の、深い森に分け入って行くようなムードこそが、この作品の中核だろう。
BEST TRACKS
- M3. Sail to the Moon
- M7. We Suck Young Blood
- M8. The Gloaming
- M9. There There
- M10. 1Will
- M11. A Punchup at a Wedding
- M14. A Wolf at the Door
完璧な曲順を持った最高傑作『キッドA』などと比べれば、『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』は、かなりとっちらかった印象を受ける。実際、メンバー自身も、iPod時代を意識したコンピ的な構成を望んでいた模様。なので、ベスト・トラックからは、アルバム冒頭の“2+2=5”、“シット・ダウン・スタンド・アップ”といったライヴ向けのナンバーを敢えて外してみた。だが、一連のアグレッシヴな曲を外して、ここに“バックドリフツ”や“スキャッターブレイン”辺りを加え、iPodで並べてみると、かなり深いところに潜っていくアルバムが出来上がる。
2004年の気分で選んだ、レディオヘッド、ベスト・ソング10
- How to Disappear Completely
- There There
- You and Whose Army?
- Lift
- Pyramid Song
- Everything In Its Right Place
- Lurgee
- Motion Picture Soundtrack
- My Iron Lung
- Talk Show Host
次点)The Gloaming
98年に英国「Q」誌が行った企画で、『OKコンピューター』はビートルズ、R.E.M.ニルヴァーナ、ローゼズを押しのけて、オールタイム・ベスト・アルバムに選出。だが、そうした過剰な評価も、ここ数年で沈静化する傾向に。2003年に米国「ローリング・ストーン」誌が行った、ロックンロール50年の歴史の中から500枚の名盤を選ぶという企画では、『ザ・ベンズ』が110位、『OKコンピューター』が162位、『キッドA』が458位に。90年代作品の最高位は、ニルヴァーナ『ネヴァーマインド』の17位、次が『ザ・ベンズ』。以下、ペイヴメント134位、ドクター・ドレ137位、トライブ154位、グリーン・ディ193位、NIN200位など。因みに、3枚もランクインしている90年代アーティストは、レディオヘッドとエミネムのみ。
-
099
-
100
-
101
The White Stripes
ザ・ホワイト・ストライプスは、まったく妙ちきりんなバンドとして世に登場した。まず、佇まいが異様だった。ベースレスの2ピース編成。着ている服も、アートワークも、すべてカラーは赤/白/黒の3色しか使わない。まるで菊人形か能面のようなメイク。「僕ちは、ハイスクール時代からずっと、周囲からつま弾き者扱いされていた」と共通の思い出は語るものの、果たしてジャックとメグの二人の関係が、兄弟なのか恋人なのか、元夫婦なのかも不明。これはよほどの変人コンビなのか、それとも徹底的に作り込まれたコンセプチュアル・アートなのか?──誰もが戸惑うばかりだった。しかも、やってる音楽は、カントリー、フォーク、デルタ・ブルーズに影響を受けた、ごっそりと贅肉を殺ぎ落としたミニマルなサウンドによる、凶暴なガレージ・ロック。で、なぜかメロディだけはスウィート。そう、個性と呼ぶには、あまりにザ・ホワイト・ストライプスは、世の中の常識からも、ボップ・ミュージックの定型からも離れすぎていたのだ。その奇異な存在が、ようやく認められたのが、3rdアルバム『ホワイト・ブラッド・セルズ』。それまでの作品と比べ、ブルーズ色を抑え、幾分ボップ性を持ったこの作品によって、彼らは「ガレージ・リヴァイヴァルの旗手にして、世界でもっともクールなバンド」として、一気にポップ・シーンの頂点へと駆け登る。そして、その成功を受け、初のメジャー作品としてリリースされたのが、本作『エレファント』だ。彼らはこのアルバムで、自らの出自であるデトロイトという街の歴史と伝統を高らかに表明する。MC5、ストゥージズの時代から、テッド・ニュージェント、ゴーリーズに至る、ガレージ・ロックの血統。ジョン・リー・フッカーを生み出したデトロイト・ブルーズからの消えないスティグマ。本作に渦巻く激しい怒りや失望は、安易なスリルや手軽さばかりを追求する、現在のポップ・シーンに容赦なく唾を吐きつける。今や、死滅しつつあるアメリカの伝統的ストーリーテリングの手法を用いた歌詞によって、失われた「アメリカズ・スウィートハート」を墓場から蘇らせる。徹底的に自らの出自に忠実であること、音楽の伝統に忠実であること、徹底的にレトロであること──そうすることで、彼らは今誰よりも新しく、生々しい音楽を生み出した。21世紀、もっとも原始的で、そしてもっとも鋭い批評性を持った怪物作だ。
BEST TRACKS
- M1. Seven Nation Army
- M2. Black Math
- M3. There's No Home for You Here
- M5. In the Cold, Cold Night
- M7. You've Got Her in Your Pocket
- M9. The Hardest Button to Button
ホワイト・ストライブスお得意の「赤/白/黒」の3色使いのヴィジュアル・イメージは、20世紀初頭のヨーロッパで一大潮流となった、構成主義の手法から取ったもの。パレットの色を敢えて限定することで、逆にリアルな表現になる、という思想から生まれたアートだ。ちなみに、2000年の2ndアルバムのタイトル、『デ・スティル』は、オランダでの構成主義アートの流派の呼び名でもある。構成主義アートのアプローチを、自身の表現に取り入れているバンドとしては、他にもグラスゴー出身のアート・ロック・バンド、フランツ・ファーディナンドや、オマハ出身の耽美エレ・ポップ・バンド、ザ・フェイントなどがいる。
4th『エレファント』は「スウィートハートの死に捧ぐ」とスリーヴに書かれていたが、ホワイト・ストライブスのすべてのアルバムは、それぞれ、彼らが敬愛するアーティスト達へ捧げられている。1st『ホワイト・ストライブス』は、ミシシッピ・デルタ・ブルーズの巨匠、サン・ハウスに。そして2nd『デ・スティル』は、戦前アトランタ・ブルーズを代表する希代のブルーズマン、ブラインド・ウィリー・マクテルと、オランダでのデ・スティル運動の提唱者、ヘリット・リートフエルトに。また、3rd 『ホワイト・ブラッド・セルズ』は、米国カントリー・ミュージックの伝説的な女性歌手、ロレッタ・リンに捧げられている。
この『エレファント』がレコーディングされたのは、ロンドンの〈トゥ・ラグ・スタジオ〉。ミッシェル・ガン・エレファントが、そのバンド・ネームに“thee”を授かったことでも有名な、ジ・ヘッドコーツのビリー・チャイルディッシュが所有しているスタジオだ。マスター音源を録るために使うオープン・リール・レコーダーから、アンプ、エフェクター類に至るまで、「63年以降の楽器、機材は一切使わない」という、徹底されたアナログ仕様。しかも総製作費は10日間で、たったの80万円。安過ぎです。
-
111
-
112
-
113
The Thrils
アイルランドでは、若者が夏休みの間、ヴァケーションを兼ねてアメリカに働きに出かけることが今もよくあるらしい。それは、飢饉に見舞われた。 身一つで新天地アメリカ大陸を目指した彼らの祖先からの伝統とも言えるものだ。そして、「自由と希望の国」アメリカは、アイリッシュ移民達が炭坑労働や大陸横断鉄道の建設に従事して作り上げてきた国だ。彼らが故国への想いを託した歌は、いつしかカントリー&ウェスタンとなった。ダブリン郊外出身の4人の青年、ザ・スリルズのデビュー作にあたる本作もまた、そんなアメリカとアイルランドの深い文化的コネクションから生まれたレコードだ。大学の夏休みを利用して、アメリカ西海岸への小旅行に出かけた4人は、そこでカリフォルニアのビーチに降り注ぐ眩い陽光とウエストコースト・サウンドに出会い、深く魅了される。ビーチ・ボーイズやバッファロー・スプリングフィールド~ニール・ヤング、フィル・スペクターといった、西海岸音楽の甘美なメロディ。バート・バカラックやコール・ポーターら、ポップ・スタンダード黄金時代の洗練された豊穣なアレンジメント。曇天のダブリンに戻った4人が作り上げた本作には、そんなアメリカ音楽のエッセンスが凝縮されている。哀しげなバンジョーとブルーズ・ハープ、そしてピアノの音色が描き出すのは、ブライアン・ウィルソンの栄光と挫折や、八リウッドの享楽的な生活に溺れ滅びゆく人々の姿--そう、カリフォルニア・ドリームの光と影の物語だ。ザ・スリルズは、暮れなずむカリフォルニアの夕陽の下、今や失われてしまったアメリカ音楽の理想を鮮やかに蘇えらせてみせた。
BEST TRACKS
- M1. Santa Cruz (You're Not That Far)
- M2. Big Sur
- M3. Don't Steal Our Sun
- M5. One Horse Town
世界で最も有名なアイリッシュ・バンドと言えば、勿論、U2。ボノは、9.11直後に、テロで犠牲となった消防士や警察官達に捧げた鎮魂歌、“ザ・ハンズ・ザット・ビルド・アメリカ”で「アメリカの理想を築き上げたのは政府ではなく市井の人々達だ」と歌い上げたが、実際、彼らの多くがアイルランド系だった。
「アイルランドの血、イギリスの心/これが僕を形作るもの」と歌ったのはモリシーの2004年作、『ユー・アー・ザ・』に収められたナンバー、“アイリッシュ・ブラッド、イングリッシユ・ハート”。英国にもアイリッシュの流れを汲むソングライターは数多いが、エルヴィス・コステロや、レノン&マッカートニーといった錚々たる面々も、そのリストに挙げられる。
Grandaddy
3年4組のみんな、今日の授業も残すところ1コマです。眠らないように。さて、テーマは、「何故、ヒトは地球外生命体を探そうとするのか?」についてです。火星をはじめ、宇宙のはるか遠くへ向かって、莫大な予算をかけてまで、地球外生命体を探すのは何故でしょうか?予測される地球の人口の増加に食料供給が破綻するから?違います。それとも国家の利権争い?違います。そもそも人には、他者を探そうとする遺伝子が組み込まれているのです。では、プロ・スケートボーダーになるべく全米を徘徊したジェイソン・リトルが、怪我でその夢を断念して、ギターを手にした理由は何でしょう。渋谷くん、君は音楽評論家としてのキャリアも長いんだから、答えなさい。ゲットーを抜け出すお金を稼ぐため?違います。セックス&ドラッグ&ロックンロールの快楽を得るため?いいえ、違います。ヒトは言葉を発した瞬間から、すべてから切り離されてしまった迷子のような生物だからこそ、彼は誰かを探し当てるために、ギターを手に取ったのです。
ジェイソン・リトル率いるグランダディの音楽は、そんなヒトという名の迷子のための音楽だ。「ただ家に帰りたい」と歌う“ロスト・オン・ヤー・メサー・ウェイ”。「家から遠く離れてるような気がする」と歌う“エル・カミノス・イン・ザ・ウェスト”。「生きているうちに再び君に会うことはあるだろうか?」と歌う“ヤー・イズ・ホワット・ウィー・ハドゥ”。この3rdアルバムでも、多方のキャラクターは何とも繋がっていない。“オーケー・ウィズ・マイ・ディケイ”では、「僕は大丈夫」なんて歌っているが、それは強がりだ。フレーミング・リップスや、マーキュリー・レヴにも通じる、ノイジーなギター・サウンドと壊れたポップ感覚に包まれた1st 『アンダー・ザ・ウェスタン・フリーウェイ』。シンセやエレクトロニクスがシンフォニーを織りなす最高傑作──2nd 『ソフト・ウェア・スランプ」。そして、シンプルな音使いで、メロディを最大限に活かした本作。彼らの音楽性は少しずつ変わってきているけれど、進むべき方向を見失い、途方に暮れてしまった感覚を表現していることには変わりない。なのに、ジェイソン・リトルは叫ばない。カート・コバーンと3歳違いのこの男は、叫ぶことも出来た。それが叫びにならない感情だとしても。ジェイソンは、そこからも取り残されている。
BEST TRACKS
- M1. Now It's On
- M5. Lost On Yer Merry Way
- M6. El Caminos In The West
- M10. O.K. With My Decay
シアトルのインディ・レーベル〈ウイル〉から、97年にリリースされた1stアルバム『アンダー・ザ・ウェスタン・ハイウェイ』は、ノイジーなギターの洪水が、圧倒的な爽快感を生み出す雰作。NME誌によって、「次代のもっとも優れたローファイ・ポップ・レコードのひとつ」と絶賛された。1st収録の、グランダディ初のヒット曲“サマー・ヒア・キッズ”は、ローファイ・ポップの王道を行く、隠れた名曲だ。2000年に〈V2〉から再発されたので、今でも手に入る。国内盤のみ、シングルのB面曲を4曲追加。
2000年の2ndアルバム『ソフトウェア・スランプ』は、前作の宅録的口ーファイさを残しつつ、一段とサウンドのスケールが大きくなった、キャリア最高傑作。フラジャイルなサウンドスケープが、とても美しい。温かな音色のアナログ・シンセや、ピコピコと素っ頓狂な音を上げるキーボード-チープなエレクトロニクス音と牧歌的なメロディによるシンフォニーが、心地よいトリップへ誘うソフト・サイケの傑作だ。この、あまりにも弛緩した平熱のサイケデリアが描き出すのは、どこまでも宙ぶらりんな、現代人特有の所在なさ。そこはかとない不安や
アルバム以外のEPをまとめた編集盤は3枚。中でも2002年の『コンクリート・デューン』は、他の2枚の収録曲を、ほぼすべて網羅している上に、そこに入らなかった3曲も収録。1stから2ndにかけて、さりげなく、だが着実に変化を遂げる過程の小作品。彼らの実験精神が表れた1枚。
グランダディのひねくれたポップ感や、ソフトなサイケ感は、スーパー・ファーリー・アニマルズの1st『ファジー・ロジック』とも共通する。実際、ファーリーズとは、2003年、全米を一緒にツアーするだけでなく、相思相愛の仲。美男子不在も共通点。
-
123
-
124
Mew
薄やみに包まれ、ひっそり閉ざされた夕刻の寂れた遊園地。煌めくネオンを灯しながら、静かに廻り続ける無人のアトラクションの数々。そして気が付けば、いつの間にかゆっくり観覧車に揺られ、少しずつ夕焼けから夜の濃紺へとグラデーションを見せる空へと高く昇りつめていく──コペンハーゲン出身の4ピース・バンド、MEWのデビュー作、『フレンジャーズ』を聴いていると、そんな、どこかお伽めいた幻想的な世界に迷いこんでしまった気分にさせられる。性別不詳のヴォーカリスト、ヨーナスの透き通ったハイトーン・ヴォイス。儚くメランコリックなピアノの旋律。壮麗なストリングス・アレンジ。リリカルでゴシック的陰りを帯びた歌詞。時折登場する変拍子のリズム。あるいは、ライヴ時に使われる、アンデルセン童話から、デンマーク王クリスチャン4世までをモチーフにした、欧州の古典寓話を思わせるシアトリカルな映像しそれらすべての要素が、徹底的に、聴き手を「今/ここ」から切り離してくれる。MEWは、マイ・ブラディ・ヴァレンタインから受け継いだシューゲイザー的エスケーピズムと内省を、ヨーロッパの伝統文化が色濃く残る北欧デンマークという自身のバックグラウンドに融け合わせた。英米の音楽シーンの潮流から孤立した北欧の地で、まったく独自の音楽性を育んできたのだ。“ネヴァー・エンディング・ストーリーのテーマ”を連想させるユーフォリックな冒頭曲“アム・アイ・ライ?ノー”を筆頭に、あなたを夢幻のファンタジー世界へのトリップへと誘い出してくれる約1時間。2003年最良のドリーミー・ポップスといえば、間違いなくこのアルバムだろう。
BEST TRACKS
- M1. Am I Wry? No
- M3. Snow Brigade
- M5. Behind the Drapes
- M6. How Could I Ever Hurt You Her Years
- M9. She Spider
本作の参照ポイントとなっているのは、アメリカのグランジ/オルタナ興期と、イギリスのシューゲイザー全盛時。つまり、米国にピクシーズがいて、英国にはマイ・ブラディ・ヴァレンタインがいた、80年代末~90年頭の時期の音だ。しかし、そこに、唐突にプログレ的なアレンジメントが加わったりするので、本作は、他の英米の同時代バンドにはない、まったく独自の質感を持ったレコードに仕上がっている。ちなみに、本作の画変わりなタイトル、「フレンジャーズ」という言葉は、“フレンズ(友人)”と“ストレンジャーズ(見知らぬ人)”の造語だそう。「すごく馴れ親しんでいる身近な存在のようでいて、でも実は奇妙で風変わりなこと」を意味している、とのこと。MEWの音楽を何とも適切に表しているタイトルだ。
Cat Power
漫画家内田春菊が、作品「私たちは繁殖している」の中で、3人目の子供の出産が雨の日に訪れたことに触れて、「ああ、やっぱり人間って獣なんだ」と思ったと書いている。出産で身動き出来ない母親と自分自身を外敵から守るために、子供と子宮が雨の日を選んで動き出す──それは紛れもなく、動物としての本能によるものなのだ、と。それは、フェミニズム的な視点とは別に、そもそも人という生命体が理性や論理では抗うことの出来ない本能を持っていることの証明でもあるだろう。月経という言葉が示す通り、月の巡りと身体との関係にしても同じ。オンナは、日常的に命を感じることが出来る生物だ。
キャット・パワーこと、ショーン・マーシャルはそんな「女性性」を、そのまま音楽として表現するアーティストだ。彼女の作品には、社会的な女性性、フェミニズム的な視点は一切存在しない。アコースティック・ギターを核とした、フォークとパンクとブルーズが合体したかのような、最小限の音のすき間から、女性的な本能がドロリとこぼれ落ちてくる。この5thアルバム『ユー・アー・フリー』は、彼女の存在を世に知らしめた98年の3rdアルバム『ムーン・ピクス』と並ぶ秀作であり、現時点での最新作だ。それぞれの歌詞の内容は、戦争、幼児虐待、ショービズ界に食い殺されるロック・スターの死、家を持たない人間の孤独-どれも社会の陰影を切り取ったものばかり。しかし、彼女はそれらを社会問題として告発しているわけではない。ただありのままの現実として受け止める。そんな現実を目のあたりにした時に、体の奥底で微細な震えを起こさずにはいられない本能的なエモーションだけを、彼女は音楽として表現する。自らの目の前に転がっている生と死を同等のものとして見つめているような、あまりに冷静な視線と淡々とした語り口には、時として、薄ら寒くなる瞬間すらある。このアルバムを聴いて、他には体験出来ない安らぎや温かさを感じ取る人もいるだろうし、何かしらの嫌悪感を感じる人もいるだろう。多分、そのどちらも間違っていない。だが、いずれにせよ、このアルバムには、オンナという生命体の持つ、世の中に何が起ころうと決して揺らぐことのない力強さがある。尽きることのない、生への渇望がある。そして、それは恐らく「新しい生命を体に宿す」という命の連鎖を役割付けられた、オンナという生き物にしか表現出来ないものなのだ。
BEST TRACKS
- M2. Free
- M3. Good Woman
- M7. He War
- M11. Names
ショーン・マーシャルの表現活動は、約10年前に始まる。故郷アトランタを離れ、単身ニューヨークに移り住んだ彼女は、アンダーグラウンドなフリー・ジャズ・シーンに飛び込む。そこはまさに、不動の王者=ソニック・ユースのテリトリー。最初に彼女の才能を見初めたのも、スティーヴン・シェリーだった。実際、キャット・パワーの最初の2枚の作品『Dear Sir』と『MYRALEE』は、スティーヴン・シェリーと、トゥー・ダラー・ギターのティム・フォルヤンがバックを務めている。また、本作ではパール・ジャムのエディ・ヴェダーがゲスト・コーラスで、フー・ファイターズのデイヴ・グロールがドラムで客演している。グランジ・ムーヴメントの主役達が、いずれも彼女の魅力に惹きつけられている、という事実はなかなか興味深い。
本作の中でも、もっともインパクトが強烈なのが“ネームズ”。虐待されていたペリー、11歳で性に溺れていたオミ、父親に近親相姦を迫られていたシェリル、コカインの売人になったドノヴァン──と、幼なじみ達の名を挙げながら、現代社会のあまりに暗い病理をえぐり出す。しかも、最後のラインは「もう、今は彼らがどこにいるのかわからない」。こんなに暗ったる気持ちになった曲は、児童誘拐/失踪をモチーフにした、ソウル・アサイラムの“ランナウェイ・トレイン”以来も。
上でも紹介している『The Covers Record (邦題:ザ・カヴァーズ)』は、その名の通りカヴァー曲ばかりを集めた企画盤。ボブ・ディランの“パス・オブ・ヴィクトリー”、ストーンズの“サティスファクション”、ヴェルヴェッツの“アイ・ファウンド・ア・リーズン”といった超名曲群から、60年代サンフランシスコのカルト・フォーク/サイケデリック・ロック・バンド=モービー・グレープのカヴァー、トラディショナル・カントリー・ソングまで、ヴァラエティ豊かな選曲。まるで口ずさんでいるようなヴォーカルと素朴な演奏が、彼女と曲達との親密さをじんわりと伝える良作。
-
132
-
133
British Sea Power
暗闇は人をおかしくさせる。うっすらと恐怖が覆ってきて、遠くの騒音が聞こえてきたりする。時には未知の生き物や、子供じみた波乱とロマンスに溢れた冒険譚や、突拍子もないメロディが浮かび上がってきてしまって、どうにも困る。そう、家へと向かう夜道は少なからずスリルと喜びを体験出来る貴重な時間だ。そして、本作もまた、そんな奇妙で魅惑的な暗闇を思わせる。とは言っても、この英国はブライトンに活動の拠点を置く彼らは、ただの珍妙なクインテットではない。彼らはここ十年来、久しく登場を見ることのなかった、アーティなブリティッシュ・パンクの血筋を、正しく継承している。初期衝動にもほどがあるザクザクとキメの荒いパンキッシュなサウンド、つんのめりまくりなリズムは、かなり魅力的。フロントマン=ヤンの声が、イアン・カーティスを思い起こさせるという理由だけではなく、アルバム全体を覆うダークでデカダンなムードは、ジョイ・ディヴィジョンを始めとした、不穏と興奮に満ちた。80年代ニューウェーヴ前夜を蘇らせる。時にゴールズワージーのようで、時にオスカー・ワイルドのような歌詞世界も絶品。ロマンティック&カオティック。ライヴでは、ステージ上に木やはく製の鳥を配置、自らも枝や蔦を身に纏う。ステージ・ダイヴあり、鼓笛隊の練り歩きあり、熊も登場するという、オーディエンスに視覚と聴覚と触覚をフルに使わせるパフォーマンスを披露──きっと、こんな風に文章で書けば書くほどに、正体不明の集団に思われてしまうかもしれないが、いかにも英国的な品行方正さを持ちながら、同時に底知れぬカオスが渦をまく、本当に奇妙で魅力的な作品だ。
BEST TRACKS
- M2. Apologies to Insect Life
- M3. Favours in the Beetroot Fields
- M5. Remember Me
- M8. Carrion
では、この不思議なバンド・ネームは一体どんな意味が? ヤン曰く、「この名前は海軍用語で、英国が大きな海軍を誇っていた帝国時代と繋がってるんだ。当時の英国海軍は力も持ってたけど、同時に腐敗もしてて。別に僕らはその海軍を誇りに思ってるとか、そういうんじゃないんだけど……でも、僕にはこの言葉が、英国という島国に住む人達の、傾向とか気質を物語ってる気がするんだよ。文化的に自分達に染み込んでしまってるもの、というか。僕らはみんな歴史に興味があるし、その歴史から「どうして今、自分達はこんな風に感じるのか」とか、同じことを繰り返さないってことを学べると思う。この名前には、そういう意味があるんだ」とのこと、わかりました? 二日間ほどブリティッシュ・エア・パワーだったこともあるそうです。
Neil Young
ピート・タウンゼンドの言葉に倣うなら、ファンの誰もが困惑するしかない、とんでもないことをやらかし続けてこそ、本物のポップ・アーティストである。ファンを裏切るどころか、怒りと失望を煽り立てる余計なことをしでかし続けることそうした意味合いにおいて、まぎれもなくニール・ヤングは現在進行形の偉大なポップ・アーティストたりえている。時代を遡れば、いかに彼がとんでもないことばかりやり続けてきたかがわかるはずだ。72年の出世作「ハーヴェスト』の直後にリリースされたのは、膨れ上がるファンからの期待を袖にするかのような、過去の作品ばかりを収めた自伝映画のサウンドトラック『過去への旅路/ジャーニー・スルー・ザ・パスト』。翌73年に全曲ライブ・レコーディングによる未発表の新曲を詰め込んだ、『時は消え去りて/タイム・フェイズ・アウェイ』をリリース。この頃はまだいい。80年代に突入すると、障害を持った息子とコミュニケーションするために購入したヴォコーダーに触発され、いきなりテクノ・ポップに挑戦したアルバム『トランス』。次の『エヴリバディーズ・ロッキン』ではロカビリー、その次の『オールド・ウェイズ』では純正カントリーときた。89、90年に『フリーダム』『傷だらけの栄光』という2枚の傑作を続けてものにしたかと思いきや、湾岸戦争が勃発した翌91年のツアーでは、ステージ上にアメリカ国旗を掲げたことで軍を支援したとして、リベラルなファンや識者からは非難轟々。それから、十数年。911を経て、アフガンやイラクへと軍が侵攻し始めた時代に、グリーンディルという架空の郊外の小さな町を舞台にした、物語仕立てのコンセプト・アルバムを作り上げた。それがこの『グリーンディル』だ。三世代にわたるグリーン家の人々の生活を軸に、戦争や政府からの監視の目やそれを支持する巨大資本やメディアの動向を描いた問題作。しかもツアーでは、50人ものスタッフ、家族や親戚を役者に仕立て上げ、演劇混じりのステージを披露するという暴挙に出た。しかも、勿論、ここに風刺や皮肉はあっても、答えや解決策はない。心地よいノスタルジアに浸るためにやって来たはずの古くからのファンが一同に介する中、誰もが現在の世界を覆う諸問題について、真剣に考えねばならなくなるのだから、これはたまらない。しかも、これが素晴らしかったりするのだから、本当にニール・ヤングはたまらない。
BEST TRACKS
- M1. Falling From Above
- M5. Carmichael
- M6. Bandit
- M10. Be The Rain
数あるニール・ヤングのアルバムの内、どの作品が最高傑作なのか?こんな問いは、ある意味、不毛かもしれません。ただ、それを巡って、友人同士で喧々諤々の議論を繰り広げることほど音楽ファン冥利につきることはないでしょう。以前、本誌でトム・ヨークにR.E.M.のベスト・ソングを10曲選んでもらった時も、「あの曲がいいんじゃないの?」、「マジ?アタマおかしいんじゃない?」なんて、一発触発ながら、かなり楽しい時間を過ごしました。やはり本誌選出の「ロックンロール永遠の250曲」を巡って、映画監替ポール・トーマス・アンダーソンとやりあった時間も至福でした。なので、皆さんも是非、喧嘩して下さい。
ただ一般的には、やはりニール・ヤングの代表作と言えば、まず何はなくとも、70年の『ハーヴェスト』ということになるみたい。やはり現在でも彼の代表曲の筆頭に挙がる“ハート・オブ・ゴールド”が収録されているのが大きいのかも。で、大体、その次に名前が挙がるのが、その前年、72年にリリースされた『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』。ただ、実のところ、メロウな側面とハードな側面のバランス、もしくは、曲の粒というポイントから言っても、『ハーヴェスト』よりも、こちらの方が上という気も。ただ個人的な趣味で言うと、69年の『エヴリバデイ・ノウズ・ディス・イズ・ノーホエア』が好き。こちらの詳細については、69ページにてどうぞ。
そして、もう1枚と言うと、やはり一度はお蔵入りになりながら、75年にリリースされた『今宵その夜』。演奏はヘロヘロ、他作品と比べるとダークでもありますが、ダイナソーJR.の雛型にもなった、「ヘロヘロだからこそ泣いちゃう感じ」が最高です。いずれにせよ、この辺りは定番中の定番。なので、こうした定番とは別にお薦めしたい作品を、2枚ほど次からのページでご紹介。因みに、くるり岸田繁に訊ねたところ、75年の『ズマ』が好きとのこと。これも頷けるチョイスですね。
-
141
-
142
-
143