Sunday Morning
柔らかな朝日の光を浴びて、世界が少しずつ温もりを取り戻していく。
ようやく辺りが明るくなってきて、気の早い鳥達が騒ぎだしても、
まだ世界の大半は心地よいまどろみに包まれている。そんな静かな朝。
そんな時には、穏やかで、柔らかな音楽が聴きたくなる。
これからの一日を静かに祝福してくれる、温かい紅茶のような音楽。
このチャプターでは、すべてがゆっくりと流れている日曜の朝に、
ステレオから小さな音で鳴らすことで、
屋外のざわめきと一緒に楽しめるようなディスクを中心に選んだ。
Super Furry Animals
今から10年後、「90年代のアーティストで、もっともコンスタントに傑作を作り続けたバンドは誰か?」という、ポップ・ミュージック史についてのクイズがあったとしたら、誰もが「スーパー・ファーリー・アニマルズ!!」と答えることになるだろう。ビートルズがそうだったように、ファーリーズは常に革新的サウンド・スタイルを更新すると同時に、最高のメロデイと歌詞を持った名曲の数々をモノにしてきた。ただ凄まじいウェールズ訛りと決してグッド・ルッキンとは言えないルックスのせいか、まるでヴェルヴェット・アンダーグラウンドがそうだったように、世界的にその偉業に見合った認知がなされていないのが現状だ。だが、これまで彼らが残してきた6枚の傑作はどれ1枚として外れはないと同時に、1枚たりとて似た作品はない。サウンドも違えば、アルバム全体のムードやテーマも違う。時代が違うとは言え、こんなことはビートルズにだって出来なかった。だから、どのアルバムで彼らを好きになったかによって、それぞれのファンのファーリーズ像はまったく違っているはず。しかも、ファン泣かせで、イマイチきちんとした理解に繋がっていない理由のひとつに、彼らが必ずステージ最後に演奏する代表曲”ザ・マン・ドント・ギヴ・ア・ファック"が98年の編集盤「アウトスペースド」でしか聴けないとか、同じくステージでは欠かせないアグレッシヴなパンク・チューンであり、イタリアの人気アニメのヒヨコの主人公をモチーフに、人が誰でも陥りがちな自の喪失をテーマにした代表曲“カリメロ”がアルバム未収録だったり、なんてことがある(今なら、「ムーング」の米/日本盤のボーナス・トラックで手に入る)。なので、まず最初にどの作品から手を出すべきかをサジェスチョンするのは本当に難しい。だから、僕が出来るアドヴァイスはひとつ。「全部、手に入れなさい」。ただひとつの傾向として、初期はアグレッシヴで、エクストリーム、最近は穏やかで、ジェントルという傾向はあるにはある。この最新作『ファントム・パワー』は、英国のトラディショナル・フオークや米国のカントリー・ロック的要素を取り入れた、穏やかでアコースティックなアルバム。テーマは、父性の喪失。つまり、世界のやんちゃな末っ子であるアメリカを戒めてくれる強い父親はもはやいないということ。夏の終わりのやるせない気分をなだめたい時に聴きたいアルバムだ。
BEST TRACKS
- M1. Hello Sunshine
- M4. Sex, War & Robots
- M6. Venus & Serena
- M8. Bleed Forever
- M13. The Undefeated
- M14. Slow
ファーリーズ・ファンの秘められた楽しみのひとつに、彼らのアルバム最終曲が、常に何かしらアルバム全体を象徴するナンバーであり、その大半が涙を滲ませずにはいられない大名曲揃いだというのがある。どの曲も、ほんの少しダークだが、眠りにつく前に飲むココアのように心が少し暖まる曲ばかり。1stアルバム「ファジー・ロジック」の最終曲については、p.127を参照して欲しい。ホント名曲。97年の2ndアルバム「ラジエーター」の最終曲“マウンテン・ピープル”は、静かなバラッドだが、後半に進むに従って、キアン・キアラン操る凶暴なアシッド・ノイズが荒れ狂うナンバー。この「山の民」というタイトルを持つ曲のモチーフは、精神的な隔離や孤独だ。でも、気にすんな、誇りを持てという歌。
3rdアルバム「ゲリラ」は、ハッピー&アッパーなエレクトロニクス・チューンが数多く目立つ作品だが、この最終曲”キープ・ザ・コズミック・トリガー・ハッピー”は、クラブでEやアシッド喰いながら踊っている時に、宇宙の真理について目覚めてしまう瞬間がモチーフ。身に憶えがある人もいるでしょうが、その真理とは「人類みな兄弟!」みたく、とてもピースフルなもの。ウェールズ語の楽曲ばかりを集めた4thアルバム「ムーング」の最終曲“ディープ・ルージは、減びゆく故郷と生死を共にすることについての歌。おそらくダムの下に沈んでしまった彼らの故郷の運命を重ねあわせた歌だろう。2001年の5th「リングス・アラウンド・ザ・ワールド」の最終“フラジャイル・ハピネス”は、我々先進諸国に暮らす人間の幸福とは、第三世界の人々のような遠くの他人の不幸の上に成り立っている、とても壊れやすいものだというバラッド。そして、最新作の“スロウ・ライブ”は、戦争で破壊された自然はそのことを何億年にわたっても記憶しているという歌。つまり、本当に深い傷は癒えないということ。ただ同時にこれは、どんな残虐なことを人類が行っても地球は滅びないという希望の歌でもあります。どれもホント染みますね。泣いちゃうね。
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Sondre Lerche
80年代アメリカのグランジ/オルタナ前夜を「インディの最も幸福な季節」として記憶している人は多いはず。〈SST〉にはブラック・フラッグやハスカー・ドゥがいて、マイナー・スレット/フガジがDCハードコアを牽引し、ボストンやオリンピアのカレッジ・シーンがあり、シアトルにはグランジがあって、DIYという言葉が陳腐なクリシェではなかった、あの頃。ああ、もうあの頃には戻れないのか……いや、そんなノスタルジアに浸る前に、ベルゲンという街に目を向けてみてはどうだろう?2003年、欧米のプレスがベルゲンに注目したのは、ハイプではなかった。北極海に面する人口23万人の小さな港町には、全盛時の米国ローカル・シーンを思わせる、生き生きとした音楽コミュニティが息づいている。レコード店には、地元アーティストの自主制作盤専門のラックがあり、シーンをサポートする地方紙のジャーナリストがいて、株式投資で得た利益を地元バンドに還元するパトロンがいる。何よりもまず、住民の8人に一人が学生というカレッジ・シーンが、この街を支えている。学生向けバー・ラウンジでは、夜毎に誰かがアコギ片手に曲を披露し、若い聴衆が熱心に耳を傾ける。ソンドレ・ラルケは、そんなベルゲンの「幸福な落とし子」だ。ロウ・ティーン時代から地元のクラブに出入りし、弾き語りを披露していた経験が彼を形成した。弱冠19歳での鮮烈なデビユー作『フェイシズ・ダウン』は、XTC、スティーリー・ダン、バカラック、ドノヴァンの混淆から生まれた。北欧の港町の朝焼けのような透明感と、ソフト・サイケ風味が心地よい。瑞々しく極上のストレンジ・ポップス集。
BEST TRACKS
- M2. You Know So Well
- M3. Sleep on Needles
- M6. Modern Nature
- M9. No One's Gonna Come
バカラック直系の美しいピアノの旋律、スティーリー・ダン譲りの洗練されたコード感、バーバンク風の流麗な管弦アレンジメントー本作には、古今のポップス黄金律が眩いばかりに鍵められている。ソンドレ・ラルケが、こんなにも理想的な箱庭ポップの楽園を生み出すことが出来たのは、アメリカやイギリスといったポップ・ミュージックの中心地から離れた北欧の国ノルウェーの片隅で純粋培養されたがゆえだ。だからこそ、北欧と同じく、米英から離れた日本は、中村一義に代表される、ひきこもり系宅録ポップを数多く輩出したと言える。「箱庭ポップ」の先駆者であるXTCが、86年の「スカイラーキング」の頃には、誰よりもビートルズ直系の英国的な音楽を作っていながら、当時の英国シーンから完全に浮いていたことも、とても象徴的。
Buffalo Daughter
93年、バッファロー・ドーター(以下、BD)の結成前夜に、シュガー吉永、大野由美子、山本ムーグの3人が持ち寄ったレコードは次の3枚だったというーテクノ黎明期の実験派バンド、シルヴァー・アップルズの1stアルバム「シルヴァー・アップルズ」。DJピエールがTB-303によってアシッド・ハウス・サウンドを定義した金字塔的作品『アシッド・トラックス』。そして、もう1枚がビースティ・ボーイズによる92年の3rdアルバム「チェック・ユア・ヘッド」だ。現在でも彼らの最高傑作のひとつであり続ける“LI303VE”に代表される、日本テクノ黎明期だからこそ生まれ得た、「ギター+ドラム+ロJ+TB-303の生演奏」による人力のミニマル・ビート誕生は、そうした東京特有の音楽的磁場が背景にあった。その後、初期テクノからクラウト・ロック、ヒップホップ、現代音楽まで取り込んだ雑多な音楽性を持つ彼らが、ルシャス・ジャクソンの手を経由して、ビースティーズが主宰する〈グランド・ロイヤル〉からリリースされることになったのは必然的な流れだった。その結果、〈グランド・ロイヤル〉にライセンシーされ、海外でも日の目を見ることになった、96年の1Stアルバム「キャプテン・ヴェイパー・アスリーツ」は、「渋谷系」の狭い枠を飛び出し、英米のオルタナティヴ・エクスプロージョンとも同調するー〈グランド・ロイヤル〉がESGやリキッドリキッドの再発盤をリリースしていた点でも、彼らと多くを共有していたことを思い出そう。そして、クラウト・ロックに影響された人力の8ビートによって「新たなロック」を提唱した2ndアルバム「ニュー・ロック」、9.11後のヘヴィなメッセージを携えた、バンドとしては異色作とも言える3rdアルバム『I』を経て、2004年にリリースされた4thアルバム『シャイキック』は、これまで世界の音楽的潮流と絶えずシンクロし続けたバンドが、初めて外界からの影響を受けずに、とてもフラットな地平から作り上げた作品だ。自ら「生活派バンド」を名乗る通り、「あの人は犬を飼い始めたよ」「あの人には双子が生まれたよ」──そんな、メンバー3人の日常の会話の積み重ねから生まれてきたという、とてもカジュアルなヴァイブを持ったトランス音楽。ギター、ベース、ドラムが織り成すポリリズムは、実のところ、とても複雑ながら、聴き手をただ平熱のまま高揚させてくれる。
BEST TRACKS
- M1.Cyclic
- M2. Phychic A-Go-Go
- M5. 303 Live
BDの前身は、87年に結成されたサイケデリック/ポップ/ファンク/バンド、バナナ・エキゾチカ。シュガー吉永、大野由美子を中心とした、女性4ピース・バンドだった。91年に、ヤン富田プロデュースのアルバム「踊ってばかりの国」でデビュー。92年には、小西康陽をプロデューサーに迎えた2ndアルバム「火星ちゃん、こんにちは」をレコーディングしている。そしてこのアルバムで、彼らのアートワークを手掛けたのが、ムーグ山本だった。
〈グランド・ロイヤル〉からもリリースされた96年の1stアルバム「キャプテン・ヴェイパー・アスリーツ」は、それまでのBDの楽曲を集めた、ベスト盤的なレコード。最初期BDの代表曲“LI303VE"も収録している必聴盤だ。このデビュー・アルバム以前には、雑誌「米国音楽」が主宰していたインデイ・レーベル〈カーディナル・レコーズ〉から、94年の「シャギー・ヘッド・ドレッサーズ」、95年の「アメーバ・サウンド・システム」と2枚のミニ・アルバムをリリースしているが、本作には「シャギー・ヘッド〜」収録ナンバーが3曲収められている。
2001年の3rdアルバム『I』は、「音楽を通して言いたいことは何もありません」という、それまでのBDの姿勢から一転、明確なメッセージ性と政治性を持った作品となった。サイケデリックな聖歌隊風のコーラスとポリリズムが耳に残る、キャリア中象も異色なアルバムだ。テロ事件直前に制作された本作は、結果的に、9.11以降の東京の不穂な空気感を、敏感に先取りすることとなった。
2003年の4th『シャイキック』には、最初期BDの代表的なナンバー、“LI303VE”のライヴ・ヴァージョンが、“303 Live”とタイトルを変えて再録されている。原曲のファニー&グーフィーな質感はそのままに、クラウト・ロック譲りのハンマー・ビートとメタリックなギターによって格段にビルドアップされたヴァージョンを聴くことが出来る。
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さまざまな時代のリゲティのコンポジションの代表作品を1枚に集めたものとしては、『ジ・アルティメイト・ジョルジュ・リゲティ』が便利。ソニーからの一連のベスト盤シリーズの内の1枚だ。左のディスクは、セロニアス・モンクやビル・エヴァンズといったジャズ・ミュージシャンのみならず、アフリカ音楽からも影響を受け、大胆にポリリズムを取り入れた“ピアノのための練習曲集”の第一巻から第三巻までの超絶的な演奏を収めたもの。一時期、すっかり音楽から遠ざかっていたバッファロー・ドーターのメンバーが聴いていたもののひとつが、一連のリゲティ作品。『シャイキック』とリゲティのピアノ練習曲には、クラウト・ロックの反復によるトランス状態にも似た、とびきりトランシーなサイケデリック音楽という共通点が見出せる。
Rufus Wainwright
ルーファス・ウェインライトを聴くことは、ある男の濃厚な人生ドラマと対峙することだ。つまり、それぞれの作品は、まさに“ルーファス劇場”。ミュージシャンである両親の下に生まれ、幼い頃からショービジネス界に足を踏み入れたルーファスは、思春期にオペラと出会う。当時の彼にとって、オペラは、自らの早熟さがゆえに、日々を生きていく中で感じずにはいられない不安、恐怖、挫折を取り除き、感情を吐き出すための拠り所だったのだ。そう、オペラこそが、ルーファスにとってのロックンロールだった。そこで彼は、古の大衆音楽であったオペラ、そしてクラシックを、現代のポップ・ミュージックとして甦らせたいという大志を抱くに至る。その後、バーバンク・サウンドを生んだレニー・ワロンカーとの必然的な逅を果たすことで、ヘヴィ・ロックとヒップホップだらけの90年代後半の米国メインストリームに、このルーファス・ウェインライトという、とてもユニークなシンガー・ソングライターが誕生することになるのだ。
かつてルーファスは、自らの進む道としてまっとうなオペラの世界ではなく、ポップスというフィールドを選んだ理由について、笑いながらこう語った。「ポップの世界の方が、可愛い男の子達に会えるからね」。そう、彼はゲイという重い十字架をも背負っていた。そのこともまた、彼の音楽に深みとオリジナリティを与えたのは言うまでもない。だって、あまりに哀し過ぎて、笑ってしまうことってあるよね?ー究極の悲劇から生まれるユーモア、ルーファスはそんな感覚をエンターティメントとして昇華させる能力に秀でていたのだ。
デビューから6年。ルーファス劇場の舞台は様々に変化してきた。ムーラン・ルージュのようなキャバレー、享楽的なナイトクラブ、場末の酒場──この三作目では、ヴェルヴェットの絨毯が敷き詰められたコンサート・ホールのステージで、彼は歌う。豪華絢爛なホーン・アレンジ、多重コーラス、ストリングス、そして、ルーファスの声──すべてが濃厚に、ゴージャスに、リッチに鳴らされている。あまりに過剰過ぎて、痛々しい程に。心が少し疲れたら、ジャケットの中世の騎士のコスプレを笑い飛ばしながら、ちょっとだけ真摯に聴いてみるといい。痛くて切なくて哀しくて、涙するかもしれない。でも、その先にはきっとまた、笑顔が待っている。
BEST TRACKS
- M1. Oh What a World
- M3. Vicious World
- M7. Vibrate
- M8. 14th Street
このアルバムは濃過ぎてダメ……と思ったアナタ、めげずに98年の1stアルバム「ルーファス・ウェインライト」を手に取ってみてください。ここまで週剰ではありません。シンプルでオーガニックな、オペラ・ポップスの超名盤。間違いなく、ルーファス・ウェインライトの最高傑作は、1st。入門編としても最適です。2ndもいいけれど、どこかとっ散らかってる印象は否めないので、是非、1stを手に取って下さい。
他にはサントラへのカヴァー曲での参加もいくつか。「アイ・アム・サム」での"アクロス・ザ・ユニヴァーズ”(秀逸!)、「ムーラン・ルージュ」でのシャンソン曲“コンプラン・ド・ラ・ブッデ”、「シュレック」での"ハレル(残念ながらジェフ・バックリーのヴァージョンには遠く及びませんが)。興味があれば、ぜひどうぞ。でも、サントラの宿命でもあるけれど、ルーフアスの曲以外には駄曲も多いので、注意が必要。
ルーファスと言えば、ゲイ。ゲイと言えば、ゲイを扱った映画に外れはありません!と断言していい程、質の高いものが多い。なので、ルーファス・ファンの僕としては、勝手な個人的趣向に基づいた、その中でも必見の、「ちょっとルーファス的な15本」のリストを作ってみました。
『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』
『ロッキー・ホラー・ショウ』
『ゼロ・ペイシェンス』
『ヘアスプレー』
『プリシラ』
『ベルベット・ゴールドマイン』
『クライング・ゲーム』
『トーチソング・トリロジー』
『ブエノスアイレス』
『さらばわが愛/覇王別姫』
『エドワード2世』
『モーリス』
『欲望の法則』
『ベン・ハー』
『アタック・ナンバーハーフ』
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国府達矢
おそらく今、日本でもっとも過小評価されているアーティストと言えば、国府達矢を置いていない。このあまりに素晴らしい1stアルバムを聴けば誰もがそう思うに違いない。1曲目のインストゥルメンタル・チューン“~発シャク顕ポン~”から、大らかで、朗々たる歌声を聴かせるアルバム最終曲“うた”に至るまで、真っ白な光の渦の中に吸い込まれていくような眩いサウンドスケーブが全編に渡って広がっている。すべての報われない日々とすべてのわだかまりがはらはらと氷解していく瞬間をとらえた、神々しい音塊。オープン・チューニングのギターによる東洋的な音階は、歓喜と驚きと慈しみと祝福と始まりの予感をたおやかに鳴らしている。トーキング・ヘッズやポリスといったニューウェイヴに誘発されてダンスに接近した80年代前半のキング・クリムゾンを思わせる、的確に変拍子を配したリズムと小気味よく単音のフレーズを刻んでいくギター。陽性のポップなメロディに乗せて、伸びやかな声が歌い出すのは、こんな言葉だ。「天を飼う音階を奏でたい/どうかこの想いよ/届けたい/いつかその夜をも射とめたい/走馬灯/無常/認めた」。そう、ここには、記憶の奥底から消してしまいたいほどの悲しみや苦しみや別れや傲りを後にした瞬間のカタルシスがある。すべての軌跡には理由があって、すべての奇跡には必然があると感じられる瞬間のパレード。「我々の使命は、ひたすら与え続けること」思わずそんな言葉が口をついて出る、光の音楽。目を皿のようにして探しだして、今すぐ爆音で鳴らしてみよう。大切なものが、もっとくっきりと見えるようになるだろう。「いいさ/気分が」。
BEST TRACKS
- M1. 躁タレヤ
- M3. 黄金体験
- M4. はっぴーかおす
- M5. 天河越え
- M6. うた
かつてはマンガヘッドというユニット名で活動していた国府達矢が、満を待してスタートさせたソロ名義での初のアルバムが本作だ。マンガヘッド時代から、ずっと同じレーベルに所属していた七尾旅人とは、それぞれ互いの作品に参加しあう仲。どちらのアーテイストも、ある種のヘヴィなストラグルをくぐり抜けた後の、穏やかな夜明けにも似た、カタルシスの瞬間を描くことにかけては、とにかく天下一品だ。
ポリフォニック・スプリーにしろ、国府達矢にしる、スピリチュアルとも言える、陽性のヴァイブを持った音楽を奏でるアーティストの作品には、往々にして、そこを後にすべきダークな場所の痕跡と、そこを飛び出すための起爆剤としての黄白色のサイケデリックなサウンドスケープが共存する。