Kick Out the Jams
毎週明け必ず決まってやってくる、月曜日という名のやっかい者。
あの下らない日常にまた戻らなければならないと思った瞬間に
突然、どこかからやってくるブルーな気分。
そんな少しだけ憂鬱な気分を蹴飛ばしたい時にこそ、
最高の効果を発揮してくれる無敵のディスクに手を延ばそう。
満員電車の中でも、教室から抜け出した屋上でも、どんな瞬間にも、
世界の王者になったような気分にしてくれる、イカしたロックンロール。
このチャプターでは、すべての憂鬱を蹴飛ばす、最高のロックンロール・レコードを中心に選んだ。
ステレオから、ヘッドフォンから、爆音で鳴り響く、
音楽という名の日曜日よりの使者だ。ロックンロール!!
Jet
2004年、血気盛んな男子諸君の必携の1枚と言えば、これしかない。裸一貫、豪速球ストレートしか投げられない、ど田舎者まるだしのこの4人組=ジェットは、21世紀最初の「ロックンロールで成り上がり」伝説を生きている。ヒップやクールなんて言葉とはまったく無縁。彼らは、黄金期のローリング・ストーンズを教科書にした、ある意味古典的なロックンロール・バンドだ。とにかく汗臭いし、男臭いし、ダサい。そう、だからこそ、誰もがこの4人組を愛さずにはいられないのだ。数多のロックンロール・リヴァイヴァリストの更に上をいくルーズな演奏は、ほとんど野生児状態。アルバム全編に渡って、「あの子と俺と、ロックンロール」のことしか歌わない潔さにも、脳みそツルツルのロックンロール馬鹿ぶりがよく表れている。ニック・セスターの擦れたシャウトも、やたらとセクシー。シュープリームスの“恋はあせらず”から、ジェームス・ジェマーソンのベースをそのまま失敬した、スマッシュ・ヒット・シングル“アー・ユー・ゴナ・ビー・マイ・ガール”は、抗い難いほどチャーミングだ。ちなみに、キレ良くパンチが効いた言葉が続くリリックの手法は、ミック・ジャガーの十八番。セスター兄弟がしょっちゅう喧嘩してる辺りも、キンクス、AC/DC、オアシスという歴代兄弟バンドの系譜に繋がるかも。ライヴでは豪快でデタラメなドラム・プレイを披露する、クリスのビッグ・マウスぶりも含め、やっと登場したポスト・オアシス最有力候補。ロックンロール以外は何も出来ない、不器用な男の猪突猛進の情熱を見事瞬間密封した、完璧な1stアルバムだ。アホな男っていいなぁ。
BEST TRACKS
- M1. Last Chance
- M2. Are You Gonna Be My Girl
- M3. Rollover D.J.
- M4. Look What You've Done
セスター兄弟は、とにかく口を開けばストーンズの話ばかり。特に、弟クリスは、キース・リチャーズの熱狂的信者だ。しかし、実際、彼らジェットの名を最初に世界に知らしめたのはキース、その人。ストーンズの豪州ツア一の際に、当時ほぼ無名だったジェットを、オープニング・アクトに起用。一介のガレージ・パンクと思われていた彼らの才能を見事見抜いた、その先見の鋭さはさすがと言うしかない?!
“ロールオーヴァー・DJ”は数年前までのクラブ・ミュージック全盛期における、ロック野郎の居心地悪さを歌ったもの。DJに「そんな単調な曲は知らん、ロックンロールかけろ!」とただ怒ってるだけの曲。実際、当時、クラブで自分達が全くモテなかったという悔しさが原動力になったようだ。
MANDO DIAO
少年が大志とギターを抱けば、マンドゥ・ディアオになる。クソ生意気で、世間知らずで、自僧だけは売るほどにある──そんな少年が、「俺は世界中の誰よりも凄い曲が書けるんだ!」と吠えた瞬間にこそ、最高のロックンロールは生まれる。そう、オアシス然り。本作は、その瞬間だけを見事に切り取った、完璧なデビュー・アルバム。しかしそれと同時に、本作が一介の新人作品に終わらないのは、バンドの中に実に対照的な個性を持つ二人のフロントマンが存在していること。ハイヴスや(サ・インターナショナル)ノイズ・コンスピラシーといったバンド達とも通じる伝統的スウェディッシュ・バンク/ガレージの男気溢れる荒くれっぷりと、オアシス以降のブリットポップの影響色濃いポップなメロディ・センスを発揮する、グスタフ・ノリアン。もう一人、ビヨルン・ディスクウォットは、まさか20歳を過ぎたばかりの白人青年とは思えない、実に渋みのある、ソウルフルな声の持ち主だ。R&B、ソウルのテイストがふんだんに盛り込まれた、ビヨルンの玄人然とした深みあるナンバーと、グスタフによるスピーディで破天荒なパンク・チューンという、極端な対比。思わず2003年、モッドのニュー・ヴァージョンとでも呼びたくなるが、あまりにスウェーデンの田舎町の出身らしいイナたさを考えれば、それは言い過ぎか。初めて聴いた時には、ストロークスもびっくりなヴィンテージ・サウンドに呆れたが、このサウンド・プロダクションこそ、ビートルズを筆頭とする、偉大なる60年代ロックンロールの先達にも俺達は絶対に負けやしない──間違いなく、そんな室戦布告でもあるだろう。
BEST TRACKS
- M1. Sheepdog
- M2. Sweet Ride
- M4. Mr.Moon
- M5. The Band
- M6. To China With Love
- M7. Paralyzed
スウェーデンの工業都市、ボーレンゲで1999年に結成。当時、地元の他のバンド達は、他国と比べて二足遅くブリットポップやグランジばかり。「俺以外に、ビートルズを聴いてる、まともな音楽人間はいないのか?」と辞易していた、グスタフとビヨルンが出会ったことが、始まりだった。
「俺達が世界一のバンドだ!」と吠えまくるのは、100%グスタフの担当。ジェットのドラム、クリス・セスターもビッグ・マウスぶりで知られているが、グスタフもかなりのもの。ポスト・リアム・ギャラガーを狙えるのは、この二人かも?そのグスタフの弟、カールとヴィクトルも、現在バンド活動中。そのSugarplum Failyは、なんと平均年齢18歳!若さ大爆発の、超爽やか系ギター・ポップ・バンドです。
Good Charlotte
休みになると、弁当を食べながら『ロッキング・オン』を読む、というのが日課だった女子高生時代の私には、ある疑問が生まれていた。「ひとり娘として可愛がられ、両親も仲がよく、家も中流程度に裕福。グレたためしも悩みもなし。こんな私にニルヴァーナやクラッシュを聴くべき理由があるのか?」。今では、かなりあほうな悩みだが、当時は本気だった。「欠落がない」という欠落があるように思えて仕方なかったのだ。
グッド・シャーロットのフロントマン=ジョエルと、ギタリストのベンジーという双子の兄弟には、ニルヴァーナとオアシスとランシドを聴き、自らもバンドを始めなければならない理由があった。それは至極シンプルに貧乏だったからだ。それも、街を歩けば後ろ指を指されるほどに。そんな彼らが、ランシドを筆頭とした西海岸パンク・シーンに憧れ、接近していったことはとても理解出来る。何故なら、アメリカではパンクとはコミュニティそのものだからだ。「自由」と「DIY」を高らかに謳歌するそのコミュニティで育ったバンド、グッド・シャーロットは、ポップであることを決して恐れない。輝くようなポップネスで、自らがそうであったように、世界中の子供がパンクという名のもとに集うことを夢見ているからだ。十代のキッズがラジオで聴いた瞬間に心奪われずにはいられないグッド・メロディ、耳触りのいいサウンド──彼らは、高らかに「自分達はここにホームを見つけた」と歌う。もはやロックが子供のものではなく大人(オヤジ)のものである時代の、新たな「ティーンエイジャー音楽としてのパンク」の誕生を、このアルバムは告げている。
BEST TRACKS
- M2. The Anthem
- M3. Lifestyles Of The Rich & Famous
- M4. Wondering
- M12. The Young & The Hopeless
ジョエルとベンジーの双子の兄弟が育ったのは、メリーランド州の田舎町ウォードルフ。二人が最初に発見したロック・ミュージックは、ニルヴァーナとオアシスだったとか。そして、友人と共に遊びに出掛けたビースティ・ボーイズのライヴに衝撃を受けて、一念発起。「その日から、暖房すらない子供部屋のベッドで、二人毛布にくるまりながら、「いつか自分達もバンドを作って、この街を抜け出すんだ。世界中の暖かい土地や国を旅して回ろう」って夢を語り合ってた」のだと言う。涙なくしては語れない、まさに『おしん』パンク・ヴァージョンな逸話です。しかし、そんな彼らの十八番MCは「ニッボンダイスキ、マジサイコー」。ライヴでも取材でも、とにかく連発しています。もしかしたら、今、世界中でもっとも親日家のバンドかも!?
ASIAN KUNG-FU GENERATION
2003年──ロックンロール/ガレージ・リヴァイヴァルという名のもとに、世界中のボップ・シーンでドラスティックな世代交代が行われたのと同様、この年、日本のポップ・シーンも大きな変換期を迎えた。その象徴が、ミッシェル・ガン・エレファントやナンバーガール、プリ・スクールといった、 年代後期から活動してきたバンド達の解散であり、そして、彼らアジアン・カンフー・ジェネレーションの登場だ。ウィーザーから受け継がれた、溢れ出る感情をどこまでも開放する“エモ”という表現スタイル。オアシスを彷彿させる、威風堂々としたロックンロール・バンド特有のダイナミズム。そして、イースタンユースやナンバーガールの意志を引き継ぐ、文学的な美しさを持つ日本語詞。 そう、 この1st『君繫ファイブエム』は、 年代半ば以降の欧米、日本のポップ・シーンで誕生した、様々な音楽性を受け継いだメルティング・ポット的なアルバムだ。 だからこそ、彼らの音楽には、他の多くの青春パンク・バンドとははっきりと一線を画す、淡いノスタルジアが漂っている。もしかしたら手に入れることは出来ないかもしれないと知りながら、アジアン・カンフー・ジェネレーションは「繋ぎたい、繋がっていたい」と、他者とコミュニケートすることへの可能性だけを、必死に追い求める。そう、それはとても刹那的で、同時に、とても誠実な思いだ。ギター・ロック、ギター・ボップという音楽に託され、そして時代の変遷によって打ち砕かれた夢の破片を、いつしか誰もが諦めてしまったコミュニケーションへの希望の欠片を、一つずつ拾い集めた結晶のような、青く輝く作品だ。
BEST TRACKS
- M1. フラッシュバック
- M2. 未来の破片
- M4. アンダースタンド
- M5. 夏の日、残像
- M7. その訳を
- M8. N.G.S
- M11. 君という花
本作の10曲目に収録されている“E”。この曲のアウトロで登場するギター・ソロは、オアシス“リヴ・フォーエヴァー”からの引用。それはどこか、過ぎ去った90年代ブリットポップへのオマージュでもあるはず。8曲目"N.G.S"もまた、「ナンバーガール・シンドローム」というタイトルが示す通り。変則的でダンサブルなリズムと、東洋音階、独特の鋭さを持つ日本語詞──その組み合わせを開発したオリジネイター、ナンバーガールへの直接的オマージュであり、どこまでも確信犯的な新世代宣言と言えるのでは。
彼らの一連のアートワークを手掛けているのが、中村佑介氏。スピッツやゲントウキのジャケットで記憶している人も多いのでは。21世紀に蘇った竹久夢路のような、美少女画が素敵。
The Groovers
この十数年間ずっとグルーヴァーズは世界屈指のロックンロール・バンドであり続けているし、藤井一彦は紛れもなく日本が世界に誇るNo.1ギタリストだ。ソリッドなのにウォームな肌触りのギター・リフ、理想的なシングル・コイルの鳴り、16のフィーリングを感じさせるシャープなドラミング、レゲエやファンクを通過したグルーヴィなベース。その3つが合体した時の、絶妙に跳ねる8ビート。そして、メランコリックなメロディに乗せて歌われる、ぶっきらぼうな言葉。そう、60年代半ばのロックンロールと70年代後半のオリジナル・パンクのふたつを決して消せないスティグマとして刻んだ、世界中の誰もがやれなくなった本物のロックンロール。それがゆえに、グルーヴァーズには、しなやかさと無責任さがある。大方のポップ音楽は、過酷な現実に侵食されることで、ロマンティシズムを失ってしまった。だが、藤井一彦は、臆面もなく「辿り着けない場所はない/目指せ/目指せ」と歌う。だが、それはバブルガム・パンク的な安っぽい楽観主義ではない。3分だけ夢に酔って、残りの人生は我慢し続ける──ロックンロールは、そんな消極的で、そんな下らない気休めの音楽ではない。ロックンロールは、世界中の誰よりも俺こそが最高だという、誰もが忘れがちな事実を瞬間的に思い出させる。その瞬間、我々には不可能はない。後は、それをロールさせるだけだ。ロックンロールは、家臣も領土も持たない、世界の覇者のための音楽だ。「ざまあみろ」──このレコードは、雲の上から世界中を見下ろすような、最高の気分にしてくれる。アートワークのセンスを除けば、このアルバムは完璧だ。
BEST TRACKS
- M1. Arrow
- M2. Groovaholic
- M4. 情炎
- M7. 車輪の上
- M9. 遥かなる
藤井一彦のトーキング・ブルーズ風の節回しは、ボブ・ディランから受け継いだもの。そして、勿論、コステロ、ジャム、クラッシュという、パンク界三大伝統主義者からの影響も大きい。
藤井一彦は、本当のことしか歌わない。ディラン同様、馬鹿だから。9曲目の“遥かなる”を例に取ろう。「確かなことなど何処にも無いが/誰にも奪われないものはある/夢や/誇りや/未来や/あの夏の日や/怒りや/そしておまえの微笑みだけは/遥かなる旅路を/共に行くこのメロディや/いつかの誓いや/そしておまえの微笑みだけは」。これ、本当。絶対に本当。
Death Cab for Cutie
現在のUSインディ・シーンの、もっとも良質な部分を象徴するバンドとは、一体、誰だろうか?近年、メジャー/インディの両者から充実した作品を発表して、大ブレイクを果たしたモデスト・マウスだろうか?それとも、アット・ザ・ドライヴ・イン解散後も、テクノやドラムンベースといったダンス・ミュージックを取り入れ、エクスペリメンタルな音楽を追求し続けているマーズ・ヴォルタだろうか?あるいは、エモコア・シーンを出自としながらも、眩いポップ・ソングを聴かせてくれるジミー・イート・ワールド?どれも間違ってはいないのだけれど、絶対外せないのが、このデス・キャブ・フオー・キューティーだ。彼らは、90年代後半のラップ・メタル隆盛のメインストリームの音楽シーンからは、一線を画した場所で地道に活動を続け、着実にファンベースを築いてきた。この4thアルバムは、アメリカのみならず全世界的に幅広く評価された、ある意味、現在のUSインディ・シーンの最大公約数と言える作品。何はなくとも手元に置いておきたい一枚だ。疾走感溢れるギター・ポップあり。アコースティックなバラッドあり。変拍子のリズムを取り入れたフォークトロニカあり──もはやジャンル分け不可能なほど、曲調は実にヴァラエティ豊か。緻密で、クリアなサウンド・プロダクションが素晴らしい。切ない人間関係ばかりをモチーフにした歌詞が、心に深く染み込んでいく。特に柔らかなサウンドで、「もう手遅れだね。せめて君に留まるだけの理由を与えるべきだったのに……」と歌う“ラック・オブ・カラー”には、思わず涙を浮かべてしまうはず。とても繊細で、美しい1枚。
BEST TRACKS
- M1. The New Year
- M4. Expo'86
- M7. Transatlanticism
- M11. A Lack of Color
デス・キャブ・フォー・キューティ一のメンバーは、課外活動がとても盛ん。中でも、メイン・ソングライターのベン・ギハードと、エレクトロニカ・アーティスト=ジム・タンボレロによるエレクトロ・ポップ・ユニット=ポスタル・サーヴィスが好評だ。ギターのクリス・ウォラも、ヴェルヴェット・ティーンのプロデュース業で活躍している。そうした課外活動によるフィードバックが活かされた結果が、本作での“エモ”の枠に収まらない、オリジナリティ溢れるサウンドだ。ベン・ギハードが全ての作曲を手掛けていた前3作とは違い、メンバー全員がアレンジに関わったことも、本作で彼らが、ダイナミックなサウンドスケープを手に入れることが出来た一因だろう。